第22話 宿老たち、見守ること

 土手の木陰で碁石を打ちあっていたのは、景義、悪四郎、土肥実平、工藤茂光、五郎親光ら……宿老たちである。


 かれらは若者たちの騒ぎに気づいていながら、立ちあがろうともせず、悠々とした物腰でほほ笑みあっていた。


「元気じゃのう」

「ほんに」

「精がたぎってしょうがないのじゃろう」

「かわいいのう」

 宿老たちは喧嘩を止めようともせず、ただただ碁の盤面を見つめるのと同じ目つきで、おもしろそうに成りゆきを見つめている。

「クックック、昨晩さ。ふところ島が若い衆を焚きつけすぎたのじゃろうて」

「いやいや、悪四郎どんこそ……」


 混戦のなか、ひとりの若者が、ぱっと背なかをみせるや、喧嘩の輪から離れて行った。

「やや、小鼠が駆けて行きよった」

「あれは?」

「北条の小四郎義時」

「ふむ。臆病風に吹かれたか」

「いや、そうでもあるまい。頭のキレる若者よ」


「あのひときわ目立つ暴れ者は?」

 悪四郎が指差したのに、工藤茂光が答えた。

「加藤次景廉。われら工藤の食客よ。もとは伊勢からの流れ者での。あれの父親と兄貴ともども、拾いあげたのじゃ」

「ほう、あれが」と、景義は白い眉をそびやかせた。「天下無双の源為朝公を討ったという、景廉よのう……」


「景廉が首を獲った時には、為朝公はすでに自害していたという話じゃ」

「なに、為朝公が生きていたにせよ死んでいたにせよ、あの大島の戦で先陣切って真っ先に飛び込んだのは、きゃつよ。物怖じせぬ男じゃ。勇猛、勇猛」

「いくつじゃ」

「二十五じゃったか……」

 老人たちはひときわ興味深い目で、景廉の暴れぶりを見つめた。


「その後ろの、がたいの良いのは?」

「宇佐美兄弟じゃ。鎌倉党の若頭よ。大島の舟戦ふないくさで初陣を飾り、景廉とともに大きな働きをした」

「これも見事な暴れっぷりよ」

「見よ、小四郎が戻ってきた」

「なるほど」

 北条小四郎は、兄の三郎宗時を呼びに行ったのであった。


「こらッ、馬鹿者ども、やめぬか、やめぬか」

 宗時は猛々しく吼えながら割って入ったが、荒くれ者たちの勢いは止まらない。

 こちらを止めれば、あちらが勢いづき、あちらへ気をむければ、またこちらで掴みあいがはじまっている。


「宗時はこたびの戦、『先陣を承りたい』と、佐殿に申し出たそうじゃ」

「先陣こそ、つわものの栄誉。先陣を勤めたがるものは多いぞ」

「なに、宗時も努力しておるようじゃよ」

「なに? 努力?」

「……餅をいてみなに配ったり、殿舎の掃除をして顔が映るほど床を磨いたり、とな」

「ほっほっほっ、涙ぐましい努力じゃ」

「まわりから認められようと、頑張っておる」

「殊勝なこと」

「……とはいえ、この場をうまくまとめられるかのう」

「腕の見せ所じゃ」

 そんな老人たちの囁きはつゆ知らず、宗時は手を焼いている。

 ほとほと困り果てたところへ、突如、衆目をひきつけて全身真っ裸の壮者が現われた。

 小四郎が呼んで来たのは、兄だけではなかったのである。


 隆々とした逞しい筋肉を、青い血潮が脈打つほどに張りつめた男が、太い両腕を天に突きあげ、驚くばかりに巨大な岩石を肩背ににな荷い、ぬかるみのなかをのっしのっしと歩いてくる。

「おやおや、ご子息殿の登場じゃ」


 ――佐奈田与一であった。


 体じゅうの血を沸騰させるかの如く、全身から湯気を噴いて、顔は龍が火焔を吐く如き形相である。

 この異様な気迫には、若者たちも喧嘩の手を止め、唖然となって見つめるのみであった。

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