第26話 時政、軍略を告げること

「まず第一の目標は、山木やまき判官ほうがん

 と、時政が頼朝に代わり、軍略を語り始めた。


「山木判官たいらの兼隆かねたか、もとは都から流されてきた流人であったが、平家とのゆかり深く、ついにこの六月みなづき、新伊豆守いずのかみたいらの時兼ときかぬの代官となり、それ以降、伊豆国に対して悪政をふるっているのは方々かたがたご存知のとおり。

 まずは山木判官を討ち、伊豆一国を手中に収め、天下に対して源家嫡男、兵衛佐殿ここにありと、名乗りをおあげいただく」


 大きく貼りあわせた紙を、庭の中央のむしろに敷き伸ばしながら、藤九郎が説明した。

山木館やまきのたて周辺の、綿密な絵図面でござる。かねてより密偵を放ち、事細かに描かせておいたものにてござる」

「おおッ」

 用意の周到さに、一同は感嘆の声をもらし、太首をつらねて絵図面を覗きこんだ。


「伊豆国は先の乱の首謀者、源仲綱公の勢力下。さような事情から、山木は代官となって以来、乱ある事を予見し、防備を固め、たてじょうに成しております。

 周囲には垣根、門口には高櫓たかやぐら、外郭には土堀。堀にかかる橋は夜中は跳ねあげられております」


「堀端に取りついて、まずはやぐらを集中して落とそう」

「櫓が落ちれば、堀を渡り、館内へ侵入する。橋もおろす」

 武者たちは絵図面をなぞり、懸案をつぶさに論じあった。

 綿密な役割分担が決められた。


「いつやる」

 盗っ人に行くような銅鑼どら声で、悪四郎が尋ねた。

「二日後の、十九日早暁」

 時政が答えた。





 ――ところがその晩、異変が起こった。

 北条屋敷の湯殿で、山木館の雑色ぞうしきが捕らえられたのである。

 実はこの男、北条の雑仕女ぞうしめと恋仲で、都合のいい夜には北条屋敷に忍びこみ、女とむつみあっていた。


 もし朝になってこの男が山木館に帰り、いつもと異なる物々しい北条館の様子を口外しようものなら、密事はたちまちに露見する。

 捕まえて、閉じ込めておくことになった。

 一方また、閉じ込めておくにしても、この男が館に帰らねば、山木は異変を感じるに違いない。

 時政は、ただちの夜襲を献言した。


 渋々――頼朝はこれを許した。

「ただし、夜明けまでには必ず、事を終えねばならない」


 今日が十七日。

 あくまでも十八日の放生会ほうじょうえおかしたくない頼朝としては、ぎりぎりの選択であった。

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