第18話 権五郎、帰陣すること
白湯を一口ふくみ、景義はつづけた。
「さてさて、話はいよいよこれからよ。
……権五郎が顔面から矢をは生やしたまま陣に帰ってくると、同じく帰陣した三浦の平太郎が駆け寄って、親切に矢を抜いてやろうとした。
見れば、矢は頭蓋骨を貫通し、兜のうしろの内側、鉢つけの板にまで突き刺さっている。
驚いた平太郎は、とにかく権五郎を地面に寝かせ、権五郎の兜を踏みつけて両手で一息に矢を引き抜こうとした。
その途端じゃ。
権五郎、仰向けざまに腰刀を抜き放ち、この親切な味方の平太郎を突き殺そうとしたのじゃ。
平太郎も俊敏に、首の皮一枚で、権五郎の刃を逃れた。
『権五郎、貴様、狂うたかッ』
驚き叫んだ平太郎に、右目から血の涙をだらだらと流しながら、権五郎は忿怒に顔を歪め、こう言ったのじゃ。
『弓矢に当って死ぬのはつわものの
……ひよっ子だと思っていた権五郎の、年長者にさえ食ってかかるあまりの気丈さに、さすがの平太郎も舌を巻いた。
だが平太郎も道理をわきまえた、見事なつわものよ。
権五郎に敬意を払い、今度は腰を落とし、頭を丁寧に支えながら、矢を引き抜いてやったという。
抜いた右目の
この後、鎌倉権五郎は、片目ながらに回復した。
矢が頭を貫通しながら生きておったのじゃから、恐るべき生命力じゃ。
それゆえ今では、その生命力、回復力にあやかろうと、権五郎公はわが一族の祖神として崇められておるのじゃ。
その後、鎌倉権五郎と三浦平太郎とのあいだには、いっそう深い親交が芽生え、このふたりの活躍で奥州合戦はみんごと、お味方の大勝利とあいなった。
――これぞわが一族に伝わる鎌倉権五郎、十六歳の手柄話。
ここにおいでの皆様も、明日の今ごろには権五郎のごとく、平太郎のごとく、輝くばかりの功名を手に入れておられることじゃろう。
◆
――喝采、喝采、武者たちは手を叩き、舌を鳴らし、茶碗を打ち鳴らして喝采した。
景義の話は巧みだった。
かれは長箸を矢に見立て、それを右目に当てたり放したりして、一人二役、権五郎と平太郎の顔を使いわけ、
箸を握る手をふるわせ、平太郎が権五郎の顔から矢を引き抜く瞬間を、臨場感たっぷりに再現した。
聞き慣れた昔話ながら、武者たちは
おそらく話し手が景義でなかったなら、長い退屈な話になったかもしれない。
景義の言葉は跳ねるように調子よく、語りは歌うようで、輝ける両目で聴衆たちの心をとりこにした。
悪四郎も悦に入り、両手を打ち鳴らしながら、しわがれ声でわめきたてた。
「ふところ島よ、明日の戦、片目に矢を受けても気絶するなよ。あとでわしが貴様のつらを踏みつけて、そのへろへろ矢を引き抜いてくれるわい」
「そのかわり悪四郎殿、下から突き殺されぬよう、注意されませいよ」
即座の景義の応酬に、満座が笑いころげた。
なおさら興に乗った悪四郎は、両手に唾を吐きかけて、勢いよくこすりあわせた。
「さてさて次は、みなの衆お楽しみの、わしの若い頃の
意味ありげにいやらしい笑いを浮かべた悪四郎に、若い衆から次々と下卑た歓声があがった。
「わしが若い頃住んでいた屋敷の裏山に、それはそれは美しい色白の後家尼が
はじまったのは案の定……悪四郎お得意の
「……さっきのあの爺さん、誰だ?」
縁側で立ち聞きしていたのは、伊豆の若き荒武者、加藤
顔見知りをつかまえて尋ねた。
「知らないのか。ふところ島のご隠居さ」
「ふうん」
景廉はおもしろそうに笑うと、赤い大きな舌で唇をべろりと舐めた。
そうこうしているあいだにも、静まり返ったかに見えた大広間には、男たちの卑猥な笑声が、どっと湧きあがった。
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