第17話 景義、権五郎を演ずること

 与一は面持ちを引き締め、言った。


「この度の旗揚げには、私が若者たちをまとめるよう、佐殿から言いつかっております。みなの気持ちをひとつにまとめるためにも、ふところ島殿に、ぜひお願いしたいことが……」

「なんじゃ?」


「私が幼い頃、よく話してくださった平太郎と権五郎の物語、あれを若者たちに聞かせてやってはくれませんか」

 景義は片方の眉を高くあげ、ニヤリと笑った。

「そういうことならば、喜んでひと肌ぬごうかのう。どれ、景気づけじゃ。次郎、お前も手伝え」

「承知じゃよ」


 待ってました、とばかりに悪四郎はたちまち元気づき、大声をはりあげた。

「おぅい、みなの衆、ふところ島が『権五郎ごんごろう』をるぞ。みな集まってこうッ」

 たちまち武者たちも下働きの者たちもみな期待満々、ざわめきながら集まってきた。


 やがて柱を背に、左右にあかりを据えた景義は、ぱちり、膳の上に箸を置いた。

 人々の耳目が集まるや、たちまちかれの独壇場が始まった。

 身ぶり手ぶりをまじえながら、おもしろおかしく話すのである。

 いつしか景義の顔は、ひとりの武将の顔から、話し好きの好々爺こうこうやの顔へと変わっていた。





「武者たるもの、大きなみっつの合戦の名前くらいは覚えておきたいものじゃ。


 ひとつは百年前の《奥州合戦》。

 今ひとつは二十四年前、《保元合戦》。

 みっつめは二十年前、佐殿が伊豆に流されなすった《平治合戦》。


 このみっつのうち、これからわしがする物語は、百年前の奥州合戦の話じゃよ」


「今は昔――佐殿の三代前の御先祖、八幡はちまん太郎義家よしいえ公が、めでたく陸奥守むつのかみにおなりあそばした、ちょうどその時、陸奥国むつのくにの豪族、清原一門のなかでお家騒動がござっての。

 兄弟の跡目あとめ争いのいくさとあいなった。

 義家公は兄の方にお味方なされた。

 これが、奥州合戦じゃ」


「義家公に従う坂東武者のなかに、ふたりの勇者がござった。

 ひとりは三浦の平太郎為継ためつぐ

 この時、よわい三十六。

 与一、そなたをはじめ、三浦一族のご先祖じゃ。

 もうひとりは鎌倉権五郎景正、齢わずか十六。

 わしら鎌倉一族のご先祖じゃ。

 ふたりとも勇猛果敢なつわものじゃった」


「合戦の舞台は、出羽国でわのくに、金沢のたて

 この館はまわりを断崖に囲まれた、奥州一の要害じゃ。敵の大将、家衡いえひらがこの要害に立てこもっておったのを、われらが軍は果敢に攻め立てた。

 戦のさなか、権五郎は敵方の武者と、馬上で弓争いとなった。

 敵の放った矢は、ぎゅるんぎゅるんと旋回しながら、権五郎の右目を刺し貫き、顔面に突き立った。こんなふうにの」


 言うなり、景義は長い金箸かなばしを握りしめ、自分の右目に打ち立てた。


「ところが権五郎は偉かった。

 敵の矢が頭の後ろまで貫通しても、まるで倒れなかった。

 そう、単に刺さっただけではないぞ。

 頭を串刺しにされたのじゃ。

 ……その串刺しのまま、敵が矢を放ったあと後のスキを狙って、ひょうふっと矢を放ち……」


 もう片方の箸を、景義は矢のごとくに豊田次郎に投げつけた。

 次郎も心得たものである。

 飛んできた箸をすばやく掴むや、矢が首に突き刺さった態でおおげさに「ぎゃぁ」と叫んでひっくり返った。

 これには満座が笑いころげた。


「……権五郎の矢は、みんごと敵の首を射抜いた。

『死中に活あり』とは、まさしくこのこと。

天晴あっぱれ、信じがたい奇跡の逆襲じゃった」

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