第15話 頼朝、悪四郎を叱ること

「そなたら鎌倉一族が駆けつけてくれた事、いにしえの勇士、鎌倉権五郎ごんごろう景正かげまさその人が駆けつけてくれたかのように、心強く思うぞ。四人とも、なにぶんにも、よろしく頼む」


 鎌倉権五郎景正――それは鎌倉一族の先祖の名である。

 権五郎の名は世間に広く有名で、軍神の名にも等しい。

 頼朝の口から思いがけずその名を聞いて、景義は嬉しそうに目を細めた。


(しばらくお会いせぬうちに、ずいぶんと大将らしくなられたことよ。お顔の様子も見違えるほど、およろしい。……三年もたたぬうち、酔いからお醒めになられたか……)


 『従五位じゅごい』『右兵衛うひょうえ権佐ごんのすけ』という元の官位官職にふさわしい、立派な立烏帽子をかぶり、美しいつやのある水干すいかんを堂々と着こなした頼朝は、かつての伊豆山の頃とはまるで見違えるようである。

 美々しい衣装は地下じげの人々を惹きつけるための手練であるが、それでもやはり、地金がよいためか、よく似合う。

 伊豆山での夢が、わずかながら現実のものとなりつつあった。

 ひとり、またひとりと加勢が駆けつけるたび、頼朝の自信もひとつづつ増えてゆく。


 頼朝は、悪四郎を叱咤した。

「景義は、かの保元合戦の勇者であるぞ。悪四郎、そなたの罵詈雑言には当らぬ。にはの礼をもって迎えよ」

 それを聞くや、悪四郎は歯の抜けた隙間からひぃひぃと息を吹き出した。

「いえいえ、久しぶりに悪友に会ったので、喝を入れてやったのですじゃ。ふところ島よ、大事の旗揚げにまにおうて、ほんによかったのう」

 ガハハと大口あけて天衣無縫に笑う悪四郎の変わり身の早さには、誰もが呆れ返った。


「悪四郎どんこそ、もはや老いさらばえて、いくさの庭にも立てぬかと心配しておりましたが、どうしてどうして。勇名高き岡崎悪四郎殿がこれだけお元気ならば、若者たちも、老いたる者に負けじと奮い立ちましょう。この度の旗揚げ、成功は間違いありますまいぞ」

 景義の言葉に、悪四郎はカッカッと快笑した。

「言いよるわい、小童こわっぱめ」

「今度は小童扱いでござるか、ご老体」

「なにィッ、老体じゃとッ」

「なにか言い間違えましたかのぅ……」

 景義が鼻をほじりながら言うので、すぐに頭に血がのぼった悪四郎は、またしてもがなりたてはじめた。


 こうしてぽんぽんと言い合いをしている間にも、ふたりとも頬が紅潮し、みるみるうちに若さを取り戻してきた様子である。

「やめよやめよ」

 頼朝は笑いながら制して、ふたりをかわるがわる、うち眺めた。

「この度の旗揚げ、まことに、そなたら源家ゆかりの宿老たちの力なかりせば、叶わぬものであった。もはや九十にも近い三浦大介義明を筆頭に、悪四郎、景義、中村宗平、佐々木源三、千葉常胤、みな累代の忠臣ぞ」


「おお、みな集まって参りますか……二十余年の昔のように……。比企ひき翁が生きておられたなら、さぞかし喜んだことでしょうなァ」

「比企も生前は、よく尽くしてくれた。しかし残念ながら、この二十年のあいだに鬼籍に入った者も多い」

 頼朝は、しみじみと呟いた。

 年月の流れの無情なる速さに、胸がしめつけられる思いだった。


「佐々木殿も参られますかな?」

 尋ねた景義に、悪四郎が首をふって答えた。

「残念ながら、源三殿は隠居じゃ。体調が思わしくないとか……。あの御仁も老いたわ。わしと同い歳のくせにのぅ。代わりに、あれの子供らが加わる手筈じゃ」

「そう、かれらの参着を待っている」

 頼朝はいささか心細げな表情になって、降りこむ雨に目をほそめた。

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