第14話 景義、参陣すること

 雨が勢いよく吹き込み、煙のような飛沫があがった。

 激しい風雨をまといながら、一団の主従が網代門あじろもんから入ってきた。


 馬からおり立った年配者は、左脚が不自由で、腰も不均等に曲がり、一本の太い杖を両手で抱えこむようにして、ようやく歩いてきた。

 雨笠の下、深い皺を刻んだ顔は、浅黒く日焼けしている。

 白い綿毛のような眉は雨の雫をむすび、まるで濡れそぼった山犬のように見えた。

 背後には覆面の大男を従え、鎧櫃よろいびつになわせている。


 その姿を見きわめた途端、悪四郎、唾を飛ばしてののしった。

「貴様、ふところ島ッ、鎧櫃なんぞ持ち出しおって、何しにきおったかッ」

 景義は濡れた顔をあげ、澄みきった目で、悪四郎をッと見つめた。


 悪四郎は口汚く罵りつづけた。

「帰れ、帰れッ、貴様のようなろくすっぽ歩けもせぬ男は、足手まといじゃ。この老いぼれめッ、次郎だけ置いて、さっさと帰るがよいわ」

 予想外の荒々しい出迎えに、弟の豊田次郎は面喰らって口を呆けるのみ。

 その横で兄の景義は、悪四郎の罵声を静かに聞き流し、声も荒げず、ふぉ、ふぉ、と笑った。


「悪四郎どん、それはあんまりにも酷い言われようじゃて。和殿よりとお十以上も下の、このわしに向って老いぼれとは酷すぎる。老いぼれといえば、和殿わとのこそ老いぼれ」

 これを聞いた悪四郎、顔面を朱に染め、声を裏返した。

「黙れィ、ふところ島ッ。そのヨタヨタとした貴様の様子を見ただけで戦気ががれるのじゃ。この老いぼれの死にぞこないめッ、帰れ帰れッ」

 鋭く叫ぶや、悪四郎は狂ったように長刀をふりまわした。


 なおも罵声を浴びせかけようとしたところへ、美々しい声が、凛と響いた。

「やめぃ、悪四郎」

 その場にいた者たちはハッと胸を打たれ、たちまち地下じげにひれ伏した。

 頼朝であった。


 嬉しげに相好を崩して奥から出てきた頼朝は、縁の端に膝をつき、杖の老人の濡れた手をとった。

「待ちかねたぞ。その鎧櫃、戦に出てくれるというのだな」

 景義は自由のきかぬ脚のために、即座には平伏することができない。

 ちんまりと腰を曲げ、頭を低くした。

「鎌倉一族総領、大庭おおば平太へいた景義。かたじけなくも、遅参つかまつりました」


 景義はこの時、本家である「」の名字を名乗った。

 頼朝は、ぼんやりしてはいなかった。

 すぐにそれに気づき、名乗りの意味を重く受け止めた。

「鎌倉一族は、常に源家を助け、支えてきた。その意味がわからぬ私ではない。そなたを鎌倉の総領として、迎えよう」

「ありがたき幸せ」

「景義、苦労をかける。次郎、頼りにしておるぞ」

「ハッ、豊田とよたの次郎景俊かげとし。命がけで励みまする」


 弟の次郎につづき、景義は、妹の息子たちを紹介した。

「わが甥、宇佐美うさみ兄弟です。兄は平太正光まさみつ、弟は平次実正さねまさ、普段は伊豆に住まいしておりますが、どちらも勇猛なる鎌倉一族の若武者。どうぞお見知り置きを」

 正光も実正も、大柄で、真っ黒に日焼けしている。

 髪の毛はちぢれ毛で、兄のほうはすこし品があるようで、弟のほうは荒くれた感じがする。

 年の頃は、どちらも二十に満たないほどである。


 若い人数になによりも飢えている頼朝は、宇佐美兄弟の到来をことのほか喜んだ。

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