第13話 悪四郎、侍所に居座ること
二
東屋敷の
名を、悪四郎という。
大柄で肉づきがよく、若い頃は相当の偉丈夫であった。
髪はことごとく白髪になっているが、太い眉毛だけが黒々として逆立っている。
悪四郎老人は動きやすい
だがそこには、計画性というほどのものはない。
目についたもの、気がむいたものから手をつけるといった有様で、武具のあいだを無闇矢鱈に飛び回っている。
侍所の前を、誰か行きすぎようものなら、必ずや恐ろしげなぎょろ目で
下働きの者だと分かれば、老人はなにもいわず、また元のように武具の手入れに立ち戻る。
しかし見知らぬ武者でもやってこようものなら、やにわに目の前に立ちはだかり、白杖をぶんぶんふるって通せんぼする。
◆
今朝も雨のなか、蓑笠をかぶった若い兄弟が、頼朝の決起に加わろうとやってきた。
めざとくこれに気づいた悪四郎は縁の端まで飛んでゆくと、まるで岩そのものが喋り出したかのような、バリバリ響く大音声を張りあげた。
「わしはこの屋敷の侍所を預かりし者なり。身元怪しき者を通すわけにはゆかぬ。そこもとら、名乗らっしゃい」
若い頃から張りあげてきた大声は、しゃがれにしゃがれ、ひとつひとつの言葉が聞きわけづらい。
しかし七十近い高齢を思えば、おそろしく達者な口ぶりであった。
なおさら緊張した兄弟は、威儀を正してこれに答えた。
「わしらは駿河の国からやってまいりました、
老人は遠慮なく、頭の先からつま先まで、値踏みするようにじろじろと眺めまわす。
「なるほどなるほど。サメというだけあって、どちらもなかなかの偉丈夫じゃ。ところで鮫島とやら、わしの名を存じておるか」
「はァ? お名でありますか。……いや、なにぶん、われらは田舎者で存じあげませぬ。貴殿のお名をぜひ承りたい」
悪四郎は「聞きたいか」と、もったいをつける。
兄弟も仕方なくつきあって「はぁ」と生返事。
「よしよし、ならばとくと聞け」
悪四郎は兄弟を招きよせると、一気呵成、鼓膜もつんざけよとばかりにまくしたてた。
「聞こえ高き八幡太郎
老人は、ぎょろ目をむいて言い切った。
兄はのけぞり、弟はほとんど聴力を失した。
かれらは不幸にも、悪四郎の名を知らなかった。
だがまさか、無下に「知らぬ」とも言えない、ただことなかれと思い、頭をさげた。
「なにぶんにも新参者で、よろしくお願いいたします」
「うむ、貴殿らはなかなか素直でよォろしい。佐殿にはわしからよォろしく言うておく。ささ、侍所にて、お声がかりを待つがいい。これ、誰やおらぬか。お客人ぞ。馬を預かれ。足をあらえィ、あないせィッ」
屋敷の雑人たちは固唾をのみ、なかば呆れながら見守っていたが、あわてて走り寄ってくる。
悪四郎は主人顔、あれこれと指示を出す。
縁側で客人が足を洗われている間、その肩に馴れ馴れしげに腕を回し、「サメ島どん」と嬉しそうに、覚えたてのその名を呼びかける。
またなにか因縁をつけられるのではないかと、兄弟は猪首をすくめ、悪四郎の言葉を待ち構える。
老人は、にやりと笑って、猫撫で声。
「なにか困ったことがあれば、わしに相談せいよ」
「ハハッ、かたじけありませぬ」
……これでたいていの新参者は、悪四郎に頭があがらなくなる、という寸法であった。
今もまた、なにやら門口の方がざわついて、数騎の人馬が訪れたようである。
悪四郎は、いきり立ち、今度は
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