第86話 大庭兄弟、酒を酌み交わすこと

 鎌倉一族の由比屋敷では、景義と豊田次郎が、兄弟酒を酌み交わしていた。


 さかずきをあおりながら、次郎が尋ねた。

「……この度の、首藤の恩赦……兄者はどう思う?」

 景義は、ふぉふぉと笑った。

「素晴らしいことではないか」


 次郎は納得がゆかないようだった。

 難しい顔をして、首をかしげた。

「首藤が赦されて、なぜ景親が赦されんかったのか、わしにはどうも今ひとつ、理解できぬ」


「……ほう、次郎、お前はそういう風に考えるのか。わしはそのようなこと、思いつきもせんかった」

「そうなのか?」

「うむ。……お前の考えに従って考えてみれば、こういうことじゃ。佐殿は、公正の代理人にすぎぬ。景親と陽春丸が、梟首されたのは、衆意じゃよ。……つらく、悲しいことじゃがな……。あれは戦の直後で、それを望む者が多かった。佐殿は、それに従った。

 今、首藤が赦されたということは、別の意図がある」

「どういう?」


「ここが、けじめ、ということじゃ。もはや石橋山の戦は終わり。梟首斬首は、終わり、とな。佐殿は、御家人たちにそれをわかりやすく示したのじゃ」

「なるほど」

「梟首斬首ばかりでは、組織は恐怖と猜疑心に満ちあふれ、逆にまとまりがつかぬ。

ここからは戦、ここからが日常、というケジメを厳しくするのも、大事な、つわもの魂のひとつじゃよ」

「それはわかる……」


「それとな、わしは首藤が赦されたと知った時、ふるえるような喜びを覚えたよ」

「喜び?」

 驚く次郎に、景義は、輝くような瞳を見せた。

「そうじゃ。ひとつには、『降人』が赦されたこと。今ひとつには、憎き敵を赦すという仏道心を、佐殿が発揮なされたこと。

 つわもの魂と、仏道心という、ふたつの高貴な心を、佐殿は実現した。わしは喜びと興奮を、抑えきれぬ思いがした」


「はぁ……そういうものか……。いつもながら、兄者の考えは、わしには思い及ばぬ……」

「兄弟でも、それぞれに考えることが違うの。カッカッカ」

 景義は大らかに笑って、さしさされつ、弟の盃に酒をついでやった。

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