第88話 悪四郎、英断すること
「なに、許すと?」
御所
ふたりを前に、悪四郎はこの九ヶ月間の苦悩と、長尾新六を許すにいたった経緯とを告白した。
聞きながら頼朝は、ふかく感心してため息をついた。
「もとより長尾新六の身は、悪四郎、そなたに一任したのであるから、異論はあるまいぞ。しかし……」
頼朝は言葉を呑みこんでから、ようやく言った。
「……その決断は、苦しかったことであろう」
悪四郎は、派手に、から笑いした。
「許すまでは、いささか苦しうはございましたがの。しかしいざ、許すと決心した後は、心が晴ればれとして参りました。与一も冥土で喜んでおるような気がしておりまする」
「そうか……」
頼朝はしばらくのあいだ瞑目していたが、やがてうなずきながら呟いた。
「最愛の息子を殺した怨敵を許すという。この悪四郎を、もはや悪四郎とは呼べぬ。『岡崎四郎
石の壺庭には、晴れの海を描いた白い砂紋が大きな渦を巻き、屋根の影を隔てたそのむこうから、まぶしい光を照らし返している。
竹で編まれた
夫と悪四郎とを見比べながら、於政は
◆
首藤経俊につづき、長尾新六赦免の報が、御家人中に知れ渡った。
これを受け、兄の新五も赦免された。
景義は豊田次郎を引き連れ、たくさんの
悪四郎の面前で、ふたりは深々と頭をさげた。
それは従弟たちを救ってくれたという、お礼の気持ちばかりではない。
岡崎四郎義実という人物への心からの尊敬が、自然なお辞儀となって、表れたのである。
悪四郎は近頃見られなかった晴ればれとした表情で、大庭兄弟を招き入れた。
酒がふるまわれ、宴となった。
ふたりの幼子がちょろちょろと出てきて、景義たちの前にひざまずいた。
「千太郎にございます」
「千次郎にございます」
子供たちはかわいらしく、ちいさな頭をさげて丁寧におじぎをした。
「与一の忘れ形見じゃ」
と、悪四郎は顔をくしゃくしゃに、ほころばせた。
「おお、なんとまあ」
景義も次郎も目元をゆるませた。
「佐奈田から遊びに来てくれてのう」
童たちは「じいじ、じいじ」と、悪四郎にまとわりつく。
顔にふくらんだ大きなイボをなぶろうとする。
孫たちのかわいらしい手から嬉しそうに逃げながら、悪四郎は言った。
「実は、もうひとりいるのじゃ」
呼び声に応じ、頭に布をかけた若い後家尼が、乳飲み子を抱えて現われた。
それは、与一の奥方であった。
「千三郎じゃ。生まれたばかりでのう。与一め、知らずに逝きよったよ」
広庭のむこう、純白に輝く雲の峰を見つめながら、悪四郎は眩しげに目を細めた。
景義と次郎とは肩を寄せ、むつきにくるまれた赤子をのぞきこんだ。
「なんともかわゆいのう」
と、一同、おのずとなごやかな笑みに包まれるのだった。
「それでは遅ればせながら、お目出度の祝杯を」
次郎が陽気に、悪四郎の杯に酒をそそいだ。
景義は、呆れ声をあげた。
「次郎よ、祝杯とは……与一の一周忌もまだじゃのに……」
「まあ兄者、カタい事を言いなさるな。与一もあの世で赤子の誕生を喜んでおるわ。のう、悪四郎どん」
悪四郎老人は大きな体を揺らしながら、青空を押しひらくようなおおらかさで笑うのだった。
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