第89話 義秀、処刑のこと
治承四年、
河村義秀、処刑の当日。
その日になにがあったのか、この物語の中核を、語ろうと思う――
◆
大庭野の空にはどんよりと、重たい雲が立ちこめている。
吹きすさぶ冷たい風に打たれて、四方に張りめぐらされた陣幕が、重いはばたきのような音を打ち鳴らしている。
陣幕のなかには、助秋、縄五ら、郎党雑色が居並び、みな
七尺二寸の大男、河村三郎義秀である。
荒縄でがんじがらめに緊縛されてはいるものの、胸を張り、足をあぐらに組んで、豪傑の如き偉容で座っている。
肌の色が、血色よく桃色に若やいでいるのを見れば、弱冠二十にもいたらぬ青年であるが、いずれにせよ、この男は景親軍を率いた重罪人であった。
景義が幕屋に入ってくると、配下たちは一斉に頭をさげた。
「すべて、わしが執り行う。みな出てゆきなさい」
配下たちは立ちあがり、幕屋を退いた。
最後に出て行こうとした郎党に、景義は言いつけた。
「この幕屋に人を近づけるでないぞ」
「承知」
景義と助秋、罪人だけが残された。
「一昨日、景親と陽春丸が、死んだ」
……景義は静かに言いながら、青年の背後に杖を突いた。
「わしが、実の弟をこの手にかけた」
これを聞いても、青年は剛毅な表情を、一筋だに変えない。
「すでにそなたにも裁決は下されておる。『斬罪』じゃ。なれば今日、そなたをも、わしのこの手にかけねばならぬ」
「覚悟はできております」
「本来ならば、投降してきた『降人』を斬るなど、あってはならぬことじゃ。それは、つわものの魂に反する。そなたたちは、つわものらしく、勇気をふるって、頭を下げ、堂々と投降してきてくれた。
……それに対して、太刀を握っているわしは、自分自身を、実に恥ずかしく思う」
「……」
「とはいえ、命令に従わぬわけにはゆかぬ。……わしはそなたが幼少の頃から、成長を見届けてきた。それを思えば、悲しいのう……」
「……」
「助秋、体を支えよ」
助秋が、景義の体を、がっちりと支えた。
景義は、ゆっくりと腰の太刀を引き抜いた。
炎のような白刃が、義秀の目の
「よいな?」
「いかようにも」
「念仏唱えよ……」
次の瞬間、景義は
野天の風が一瞬やんで、あたりに水を打ったような怖ろしい静寂が流れた。
「河村義秀は、ここに誅殺された」
しわがれ声でつぶやいて、景義は白刃を鞘に収めた。
冬へとむかう草々のそこかしこで、虫たちが痛ましく喉をふるわせている。
静かに、しずかに……
「……ではなぜ……ではなぜ首を打ちませぬか?」
義秀は尋ねた。
首には
ただ
「言ったであろう。河村義秀はすでに誅殺された。その首は落とされた」
「……わかりませぬ」
若者の正面に向きあい、景義は両目をまっすぐに見据えた。
「そなたの聡明さ、利発さ、武芸、品位、体格、どれをとってもまるで黄金のごとく輝いて見える。景親がそなたを見込んだ気持ちが、わしにも痛いほどにわかる。そなたほどのつわものは、日本じゅうを探してもおらぬよ。ここで死なせるには、あまりにも惜しい」
義秀は、うつむいた。
その凛々しい顔面が蒼白になったかと思うや、突如、その顔は仁王の如き激情の相へと変じ、太い血管も露わに、がちがちと歯を打ち鳴らしながら叫んだ。
「死なせてください。後生です。どうか……。大庭三郎殿ばかりか、幼い陽春丸さえ誅殺された今、私ばかりがおめおめ生き残っておられましょうか。それはつわものの恥というもの。平太殿、あなた様は私に恥をかかせるおつもりか? どうか、お願いでございます。私に死を……死を与えてくだされ。わが望みは、そればかりにございまする」
だが景義は、全身でのしかかるようにして義秀の両肩を掴みしめ、静かに、しかし鋭く、言葉を投じた。
「いいや、ならぬ。死なせぬ。そなたが死んだら、河村の者どもはどうなる? 親族や数多の家子郎党を、路頭に迷わせる気か? そなたの幼い弟はどうなる? ならぬならぬ、そなたは生きねばならぬ」
「
「
「私は死ぬ! 死ぬのだ!」
義秀は叫びながら、背中から地面に崩れ落ちた。
その若い瞳には、大粒の涙が浮んでいた。
老翁は、息を深く吐いた。
「聞け、義秀。わしは景親から、そなたの命を受け取った。景親が、そなたの命を助けたのじゃ」
「……? どういう……ことです?」
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