第66話 富士川の戦い
――四日後、
この時までに、散り散りになっていた武者たちが、頼朝の軍中に帰ってきていた。
佐々木四兄弟が生きていた。
加藤兄弟が生きていた。
与一の弟、土屋小次郎義清が生きていた。
宇佐美実正が生きていた。
景義も、豊田次郎も、勿論、そこにいる。
みな瀕死の逃避行をくぐり抜け、以前よりも逞しさを増して、ふたたび力強く頼朝の陣営を固めていた。
奇跡のごとき、再生であった。
源氏軍およそ六千騎と、平家軍四千騎とは、富士川河口の広大な沼地を挟んで対峙した。
源氏方はあらかじめ、敵の十倍「源氏軍四万騎」の噂を東海道筋の各宿場に流しておいた。
頼朝の御家人たちは、東海道の遊女宿の上得意ばかりである。
方策が決まるや、すぐに部下たちを遊びに行かせた。
噂はたちまち、野火の如くに広がった。
軍中に遊女を招いて戯れていた平家軍にも、当然、その噂は伝わった。
源氏の大軍を彼方に見た時、平家方は四万という数を信じた。
たちまち陣中に、底知れぬ恐怖が広がった。
自分たち西国の武者と違い、坂東武者は好戦的で命知らずの蛮勇にあふれている――そう、かれらは頭から信じこんでいた。
実際、興津御亭に到着した時、そこに待っていてくれるはずの橘遠茂の三千騎の姿が、どこにもなかった。
見当たらなかった。
煙のように、幻のように、消えていた。
……ただそこにはぼろぼろの格好をした
問い質してみれば、味方はすでに跡形も無く、源氏軍によって完膚なきまでに踏み潰されてしまったのだという。
まず、この疑いようもない眼前の事実に、平家軍は心底まで怯えてしまった……怯え切ってしまった。
その夜のこと、幾万羽の水鳥の大群が、広大な沼の水面から一斉に飛び立った。
この万雷のはばたきを、敵の夜襲と勘違いした平家軍は、あろうことか、陣を捨てて壊走した。
ありうべからざる事態だった。
いくつかの偶然的な事件が重なって、雪崩を打ったように全軍が都めざして逃げくだった。
……源氏方は戦わずして、勝利を収めたのである。
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