第46話 頼朝軍、崩れること
血泥のなか、仰向けざまにひっくり返り、気を失っていた俣野五郎を、新五と新六が両側から助け起こした。
この時、五郎の首に、激烈な痛みが走った。
思わず手を当てると、ねっとりと血まみれである。
泥土のなかから、与一の小腰刀を拾ってみれば、鞘の先端が無理に割れ、わずかに白い切ッ先が顔をのぞかせていた。
与一の渾身の大力が、頑固にしがみつく鞘の尻を割り砕いていたのである。
「クソったれめ……」
五郎はかすれ声で、忌々しげに吐き捨てた。
「長尾新六、佐奈田与一を討ち取ったりッ」
この報せはすぐに両軍のあいだを駆け巡った。
文三家安は、豪雨と、暗闇と、なだれのように襲い来る敵軍とで、
かれは「アッ」と叫ぶや、猛然と敵陣に飛び込み、がむしゃらに切り結びながら『死なば一所』……
――ついに討ち死にした。
◆
やがて頼朝の本陣は、濁流のごとく押し寄せる敵の攻撃を防ぎもきれず、瓦解した。
暴風雨吹き荒れる夜闇のなか、退却の
敗残の兵達は必死の思いで、山伝いの道を南へ壊走した。
夜明け近くにもなって、頼朝軍は土肥領、堀口に再布陣した。
押し寄せる敵を一時的に防ぎ、頼朝を山中に逃がすための布陣である。
天候は最悪であった。
狂風が神経を煩わせ、雨がじわりじわり体から熱を奪い、疲労
「頼朝じゃ、頼朝がいたぞォッ」
戦場の一角では、景親軍の慌しい叫び声が飛び交っていた。
その声は、長刀をふりまわす景廉の耳にも飛び込んできた。
(いかん、佐殿ッ)
目の前の敵を力づくで押し倒しすと、景廉は頼朝の姿を探し、
すでに夜は白み初めていた。
ひとりの騎馬武者が、取り巻きに守られながら、叫んでいるのが見えた。
「われこそは、兵衛佐頼朝なりィッ」
敵はわらわらと、悪虫でもたかるように増えに増え、群がりに群がっていた。
「あの
「手柄はわが物ぞ」
「押し包め、押し包め」
景廉は窮地に陥っている
その時、はるかに離れたその距離で、馬上の頼朝と目が合った……いや、目が合ったような……気がした。
それは確かに、かれの佐殿ではなかった。
(――北条の三郎殿か)
北条三郎宗時の一瞬のまなざしは、景廉にむかって、本物の頼朝を守ってくれと懇願していた。
茫然となった景廉に、騎馬の敵兵が猛然と突っ込んできた。
景廉はもどかしげに相手を押し離し、宝刀で突き倒した。
ふたたび、高らかな若武者の声を、景廉は聞いた。
「われこそは、兵衛佐頼朝なり。卑しき賊軍ども、わが首欲しければ、奪ってみせよ」
大潮に乗って遠ざかってゆく木っ端舟の如く、宗時の一陣は圧倒的な敵勢に押し包まれて、景廉の目前から消えていった。
(クソがッ。こんなものかッ、俺の力は、たったこの程度のものだったのかッ)
こみあげてくる悔し涙を噛みしめ、自分に対する怒りに
目の前の闇が、かれの命を閉ざそうと無理やりに
息を切らせつつ、悪夢のなかを溺れもがくように、景廉は死に物狂いで闘いつづけた。
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