第41話 景親、義秀を諭すこと

 大庭三郎景親は、鷹のように鋭い目を光らせ、じっと馬上から敵陣の様子をみつめていた。

 齢、四十九。

 髪を墨で染め、油で整え、清らげな都武者の風情である。

 まだかぶとは被らぬ立烏帽子姿で、久々の戦場に臆することもなく堂々と、むしろ平時よりも楽しげで、いくらか若やいで見えた。


「どうなさります。早速、攻撃に移りますか」

 馬を寄せて尋ねたのは、河村かわむら三郎義秀よしひでという若武者であった。

 この若者は非常に体が大きく、背丈は七尺二寸。

 頭の回りも速く、武芸にも抜きん出ている。

 年は十八とまだ若いが、河村家の当主であり、相模国北西の小領主たちをよく統率している。

 景親はこの青年を自分の右腕として重用していた。


 つややかな口髭をふっと笑ませ、景親は答えた。

「いや。あまりにも佐殿の兵が少なくて、少々驚いていたところだ。なに、急ぐことはあるまい。戦になれば、将士を損耗する。相手が降伏してくるのを待とう」

 義秀は納得して、うなずいた。

「待てば、こちらは更に兵が増えますな。伊豆からは伊東の三百騎、武蔵からは畠山の五百騎、続々と援軍が加勢に向かっております。兵数の違いを見せつければ、は観念して投降してくることでしょう」

「うむ。一兵も損じずに殿を捕らえられれば、それが最も望ましい。義秀」

「ハ」

「敵といえども、相手を尊ぶことを忘れるな」

 景親は教え諭すように言うと、馬から降りた。


 すぐかたわらに、年の頃は十二歳、まだ元服前の陽春丸が、大鎧にくるまれるようにして騎乗している。

 もちろん、初陣である。

「陽春丸、よく見ておけ。よく感じておけ。この張りつめた空気。これが戦場よ」

 緊張に顔をこわばらせ、気丈に胸を張っている息子の肩をぐいと掴み寄せ、景親は言った。

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