第31話 山木合戦
三
明るい月の下を、
なるほど、一行の
長年のあいだこの地に通い、近辺の地理地勢を熟知した、頼朝ならではの卓見であった。
景義はもちろん、つわものたちは、頼朝が大路を選んでくれたことに、大きな満足感を覚えていた。
自分が今まさに、
まさにそれこそ、武者たちの胸を、熱く奮い立たせるもの……つわもの魂であった。
軍は茨木、肥田原を過ぎ、狩野川の西岸へ出た。
牛鍬の渡しを騎乗のままで渡り切り、堤を越えて大路に入った。
堤に沿って大路を北へ行けば三島大社、南へ行けば山木館である。
深夜にも関わらず、幾たりかの人々は祭り気分も冷めやらぬままにたむろしており、突然現れた馬群の轟きに肝をつぶし、道を避け、逃げ隠れした。
軍は、二手に別れた。
北条が率いる本軍は、南へ――
一方、佐々木兄弟が率いる軍は、目前、
堤というのは山木の後見人で、手ごわい武者でもある。
「俺と四郎で、
「承知」
兄弟はそれぞれ人数を率い、持ち場に別れた。
時を見計らい、佐々木次郎
「やるか」
天には
あたりは白昼かと思えるほどに明るかった。
稲穂の波が、きらきらと光の粉をふりまくように、風に棚引いている。
経高は太い両腕を天に突きあげ、月をまっぷたつに引き裂くかのごとく左右へと押し広げ、弓を一息に、胸の高さにまで引き絞った。
馬上に風を計りつつ、次の瞬間、高々と
これこそが長きにわたる源平大乱の、幕開けの第一矢――
武者たちは一団となって呻き叫ぶや、獲物にむかって襲いかかった。
◆
堤館に遅れて、一方の山木館でも合戦ははじまっていた。
「われは伊豆国住人、北条三郎宗時。兵衛佐殿の
宗時が見事なばかりに、初々しい声で名乗りをあげた。
すると、
「河内国住人、関屋八郎」
と、櫓上から、もの慣れた、ずぶとい声で
関屋は片肌を脱ぎ、鎧を着る間もない有様で、籠城戦を決め込んでいる。
たちまち堀を挟んで両軍のあいだを激矢が飛び交った。
景義は
左膝の古傷が、ぴくり、ぴくり、まるでそこだけが別の生き物のように
(これよ、このビリビリと肌を打つ風。湧き躍る血潮。これが戦場よ。わしはついに戻ってきたのだ……この場所へ)
豊田次郎が馬を寄せてきた。
「兄者ァ、意外と護りが固い」
「
「堀を渡ろうとしている――」
矢
「危ういな。もっと近づいて援護に回ろう。助秋、行くぞ。正光、馬を止めるな」
景義は叫び、馬を巧みに小回りさせた。
瞬時に、闇のなかから幾本もの矢が襲いかかり、背後の闇へと消えていった。
※ 弓を一息に、胸の高さにまで引き絞った …… 弓は普通、唇の高さで引くが、鎧を着用した場合には、胸の高さで引くとのこと。
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