第20話 頼朝、合戦を延期すること

 ――深更におよび、頼朝と時政は評定し、ついに合戦の延期を決めた。


 そうとなれば、合戦の日時を決め直さねばならない。

 もとよりこの日時は卜占ぼくせんによって決定されたものである。

 頼朝は神官を呼び、相談した。


 神官はすぐさま暦を広げ、新たに日取りを占い、頼朝に告げた。

「日運を見まするに、刻限はそのままに、丸一日ずらすのがよろしいかと」

「つまり、十八日早暁じゃな」

 この案に、時政は賛成した。


「しかし……」

 と、頼朝は困ったような顔をみせた。

「しかし? なんでござる」

 時政が尋ねると、この貴公子は意外な事を言った。


「毎月十八日は、『放生会ほうじょうえ』を勤めることになっております」。幼き時よりの慣習です」


 放生会とは、仏道の祭式のひとつで、その日一日は殺生をしない事になっている。

 もちろん、合戦などもっての他である。

 時政はひっくり返りそうになって、つばを飛ばした。

「まさかこの命の瀬戸際で、『放生会』をなさるおつもりかッ」

「無論です」

 頼朝は表情も変えずに答えた。

 ――時政は、絶句するしかなかった。


 頼朝は確認するように念を押した。

「十八日は放生会とし、旗揚げは、十九日以降とします」

 しかしこれには、時政が焦った。

「この北条館ほうじょうのたてから山木館やまきのたては、目と鼻の先。旗揚げを二日以上も延期すれば、兵馬がおびただしく集まってきている様子を感づかれてしまいますぞ。感づかれれば、奇襲の意味がなくなります。やはり旗揚げは十八日早暁が適当かと」

「是非もありませぬ。十九日以降で」


 しばらく議論したが、頼朝は頑として引かない。

 時政は言葉を失い、頭を悩ませた。

(……そこまで時を延ばすは、佐々木兄弟の遅参のためであろうか。……あるいは、日数を稼げば人数が増えると見込んでおられるのだろうか……)

 ……それともただ単に、信仰深いだけかもしれぬ……時政は自分なりに納得できる理由を探すのだった。


 結局のところ、丸々二日の延期――合戦は、十九日早暁と決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る