第11話 頼朝と北条親子、相話すこと

 長い長い神事が終った頃には、午刻ひるもとうに過ぎていた。


 堂舎の外に出れば、杉木立の枝々から霧のようにおりてくる細やかな雨が、涼しく爽やかだった。


 頼朝、於政、北条の兄弟たちは、憑きものが落ちたかのような清々すがすがしい表情を浮かべ、時政はといえば、ぐったりとした表情で石段をくだった。

 時政は今年、四十三になる。

 長姉の政姫まんひめ……通称、於政は二十四。

 三郎宗時は二十歳はたちすぎ、小四郎は十八である。


 屋敷へ戻ると、人々はそれぞれに湯殿で行水して汗を流し、着物を着替え、男たちはもとどりを結い直した。

 それでもややもすると不快な暑さが甦り、新しい衣服も汗でべとつきだす。


 蔀戸しとみどを大きく開け放った広間で、頼朝は都細工みやこざいくの扇をあおぎながら、舅の時政に尋ねた。

「いかほど集まりましたか」

「……」


 言いにくそうに言葉を詰まらせた時政に代わり、三郎宗時が溌剌と答えた。

「三十騎程度、集まっております」

 頼朝は、不安げにうめいた。

「……少ない」

 平家の強大な軍事力に対して反旗をひるがえそうというのに、わずか三十騎では心もとなかった。





 先祖代々、東国の武者たちを配下に従え、都に地位を築いてきた源家であったが、二十年前の平治の乱で政局を踏み誤り、朝廷から蹴り落とされた形になった。


 挙句の果ての合戦で、頼朝の父は討ち殺され、ふたりの兄も死んだ。

 三男で、当時十三歳だった頼朝だけが、からくも命を救われて、伊豆国に流罪となった。


 それから二十年の月日がたった今、決起をうながす頼朝の呼びかけに、累代の従者だったはずの東国武者たちの反応は、冷ややかなものだった。

 源氏とゆかりふかいはずの波多野はだの氏は呼びかけに応じず、同じく首藤すどう氏は、頼朝の秘めたる思いを聞いてあざけり笑った。


 首藤経俊すどうつねとしというのは、頼朝の乳母うばの子……つまり頼朝にとって乳兄弟ちきょうだいにあたる。

 身分ある武者の子は乳兄弟とともに育つから、実の兄弟よりも絆はいっそうに固い。

 経俊は頼朝よりも十歳上で、親しい兄のような存在であったから、頼朝は大きな期待をかけていた。


 ところが使者に遣わされた藤九郎を前に、経俊はひとしきり笑ってから、こう言ったのである。

「おいおい、人ってぇのは貧しさが極まれば、おかしな心持ちになるものだな。頼朝ごときが平家一門に挑もうとするなんぞ、笑止千万。人が富士山と背比べするようなものだ。ネズミが猫のエサを奪おうとするようなものだ。身上もおぼつかない流人ばらに、誰が同心なぞできようか」


 こうして話す間、経俊は藤九郎を接待もせず、弟と双六すごろく盤に向かいあったままだったという。

 経俊の言葉の逐一を、頼朝は、藤九郎の口から聞き出した。

 一言のごとに、惨めな悔しさと憤りが胸を焼いた。

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