第5話 景義、夢解きをすること

 景義の言葉に、頼朝は渋い顔をしてみせた。


「景義よ、来てくれて、心強い限りだ。まったく……」

 と頼朝は、自分をさげすむような調子で言った。

「……みなみなに苦労をかける。藤九郎はあいかわらず私のもとを離れず、そばにいてくれる。盛綱も大友から急いで駆けつけてくれてな、妻子と離れ、朝晩仕えてくれている」


 縁頬えんがわにあがり、南側の蔀戸しとみどをひとつひとつげていた盛綱は、ふりかえるや、若い血気あふれる表情で拳をふるった。

「苦労などとは思いませぬ。波多野はだの家に飼われながら、日々弓矢の腕を磨いてきたのは、このような非常時のため。佐殿の御為おんため、いざ敵が攻め来たれば一戦交える覚悟です」


 頼朝は苦笑いを浮かべた。

「はてさて、気の早い。盛綱ばかりか、藤九郎まで弓を持ち出して、物騒なことじゃ」

 濡れ縁に腰かけた藤九郎は、にこにこ笑って大きな腹をふるわした。

「いやはや、久しぶりに弓を握ってみましたが、まるで矢を飛ばせる気がいたしませぬ。弓弦ゆづるを引けば、矢の代わりに自分のほうがスッ飛んでいきそうで……ぬははは」

「親父殿は呑気じゃのう……」

 盛綱の呆れ声に、みなが大笑いした。


 物騒な話題とは裏腹に、日差しはやわらかく穏やかであった。

 山鳥がさまざまの声で鳴き交わし、あたりは心地のよい静けさに満たされている。

 馬酔木あせびの花が酔わんばかりに甘く香って、頼朝はひとつ、大きな欠伸をした。


「昨晩はあまり眠っておらぬ……。夜明け前に一度、藤九郎に叩き起こされてな。素っ頓狂な声をあげて、私の寝間に飛び込んで来たのだ。たいそうな夢を見たと言ってな……」

 藤九郎は恥ずかしげに頭を掻いた。

「それが、不思議な夢でございましてなぁ」

「いかな?」

 興味津々問われると、藤九郎は両目をつむり、夢枕に見た光景をありありと思い浮かべながら、流暢に語りはじめた。


「……佐殿が足柄あしがら矢倉岳やぐらだけを尻に敷いて、座っておいでじゃった。それで左の足はこう、奥州の果て、外ヶ浜そとがはまを踏んでござる。右の足はといえば、鎮西ちんぜいの果て、鬼界ヶ島きかいがしまを踏んでござる。

 佐殿の左右の脇から日輪月輪が並び出て、眩しいばかりに輝いてござったよ。

 盛綱が黄金こがねさかずきを用意し、この盛長がお酌をすると、佐殿はその酒を三度、お飲みになられる……と、そういう夢でござった」


 頼朝は微笑した。

「なんとなく吉兆の夢らしく聞こえるであろう。胸が軽くなるような気もするが、どういう意味のある夢であろうか……」

 ぱちり、景義は蝙蝠扇かわほりおうぎを打ち鳴らした。

「ふぉ、ふぉ、ふぉ、これは御慶ぎょけい。最上の吉夢にてござりまする」

「本当か?」

 頼朝と藤九郎は目をかちあわせて喜んだ。


「この景義、夢解ゆめときは、おおいに得意とするところ。お解きして進ぜましょうか……」

「うむ、聞きたいぞ」

「ではでは……」

 白湯で舌を湿らせ、懐紙で唇を拭うと、老人はさも楽しげに語りはじめた。


「まず、足柄に腰かける。……これは佐殿が坂東を制するしるしでござりましょう。

 故事にいわく、日は天皇、月は上皇と伝えられております。日月が左右の脇より出でて輝くとあらば、天皇、上皇、両かたの御後見にて、佐殿が大将軍とお成りあそばすしるしかと。

 東は奥州の果ての外ヶ浜、西は鎮西の果ての鬼界ヶ島まで、日本ひのもとのすべてが平伏ひれふしましょうぞ」


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