未定

虹火

序章 母星に別れを告げる

第1話 宇宙人の門出

 私はこの宇宙船で地球という惑星を目指している。母なる大地を旅立ち『さようなら』を告げてから凡そ10分が経過した頃。


 無機質で機械的な船内……ということもなく、船内は母星ヒタレアの普遍的な家屋の一室を再現しており、重力も一定方向に作用しているお蔭で、星での生活環境との相違点は皆無と言って良かった。


 従って、これ迄の道程は、ここで悠々自適な生活を送れそうと思わせるほどだった。


《間もなく──太陽圏ヘリオポーズに突入します》


 開放的な居間で寛ぐ私の耳に、全く声音に違和感を感じさせない機械音声が響く。この声の正体は宇宙船に搭載された汎用型人工知能によるサポート音声。私は母国語での頭文字を取って、エールと呼んでいた。


 窓枠の眺望に目を遣れば、幾多の星が競い合うように彩り豊かな光を発している。


 特に、私達のいる天の川銀河の象徴シンボルである星河は大宇宙の神秘をより一層際立たせていた。中でも、格別に煌々こうこうたる星が、力強く視界を照らしている。


 地球の主星──太陽。


「あっという間。もう着く?」


 深閑しんかんとした広がりに、ハッキリと中性的な声が波紋のように揺らめいた。


《否──現在宇宙船は時速1080万kmで航行中、目標座標:地球まで約201億km。到着までの残り時間は、77日と13時間、6分40秒です──》


「嘘でしょ⁉︎」


 冒険心は其のままに、意気消沈した。


 目の前のテーブルにしなれて、その勢いのまま頭部をぶつけてしまう。いてっ……。


 ごつんと硬質な音が鳴った。痛みは……あまりない。元々神経の少ない種族だからだろう。


「もっとスピードアップできない?」


《最大出力です》


 不貞腐れながらお願いしてみるが、返ってきた答えは虚しいものだ。そうして、エールは私を諭すよう続けざまに言った。


《僭越ながら船主様、宇宙とはこういうものでございます》


 幾ら作成時間と材料を削減したぽんこつ宇宙船だからと言って、最新技術のすいを結集したデザインであるのは間違いない……最大出力で77日間も掛かるなんて有り得ないはずだった。


「私が幼い時に行った宇宙旅行は、短い時間で様々な星達を見ることができたよ?」


《目標地点である地球は、文明レベルが著しく低いのです。その為、我々が接触するのには数多くの制約が御座います》


 『カルダシェフスケール』というのが存在する。これは、宇宙文明の発展度を示す三段階のスケール。一般的にはⅠ型、Ⅱ型、Ⅲ型の三種類に分けられ母星ヒタレアはⅡ型。地球という文明は未だⅠ型にも至らない未開そのものな惑星であった。


 制約……確かにそんなのがあったような。何だったかな?


《船主様……?制約はちゃんと勉強してきてますよね?》


「小難しい話は苦手だから良いかも」


《畏まりました》


 何と無しに、語気に呆れているような、諦観が含まれているフシを感じたけど、人工知能が創造主に対して生意気なものだ。

 

「それよりさー……私、このあとどうすればいいのかな。ねぇ、エール。何か言ってよ」


 77日間という時間は、長期間でも無ければ、短期間でも無い。ぐうたらと怠惰に暮らしていれば瞬く間に過ぎ去ると言っても過言ではないかもしれないけれど……冗長じょうちょうな過ごし方だけは避けたかった。


《この宇宙船には多様な娯楽が用意されています》


 エールは遊び呆けて怠慢に、不健康に過ごせと宣うようだ。周囲を見渡せば、娯楽施設が……あるはず無かった。普段より遊戯ゲーム等の娯楽に興じてこなかった私には、そのような類の物に馴染みがない。


「例えば……?」


《仮想現実フルダイ……》

「そんなものは積んでない」


 恐らく本来はあったのかもしれない。しかし、作成時間を切り詰めた弊害だろう。そんな余計な物は削いでいた。


 そもそも、ゲーム機器なんて古風な代物、設計上積載されていたのが不思議だ。


「娯楽と言っても私が用意したものしかないよね。暇潰しとして時間を費やさせそうなのは、精々私が持ってきた小説くらいなものでしょ……」


 その上……私が小さい頃に何度も読んだ本だから、内容全部知ってるし。


《──提案がございます》


 仕方ない、また読み返そうかという逡巡があったのも束の間、いきなりエールはそんなことを言い出した。


「何かな、エール」


《地球文明について、予習しておくのはいかがでしょうか》


「例えばどんなの?」


《地球人の見た目や姿についてという基本的事項から、地球人の文化についてなど多岐に渡ります》


 それを聞いた途端、私の精神世界に潜む冒検家魂と知識欲が河川上流の流れの如く感情となって勢いよく溢れ出した。


 そもそも私が宇宙への冒険に繰り出した理由、それは未知との遭遇を、絶え間なく浴び続ける宇宙線の様にずーっと味わい続けたいから。


 母星での冒険でも、様々な出逢いと別れ、その過程で幾つもの知識と経験を得られた。


 今回赴く地球という新天地は、さながら私にとって異世界と言って差し支えない場所。それに加えて未開文明という秘境中の秘境だ。


「それはすごい気になる……けど」


 私はある事に気づいて立ち止まった。


「未開文明の情報は制約により、非公式に外部へ持ち出すことは禁じられているよね。エールを疑う訳ではないけど、地球に到着する前から情報を得られるはずがない」


 何故そのような制約があるのかと問えば、単純明快な理屈、観光客が盛んに来訪するのを防止する為だった。


 秘境というだけであれば、危険度も未知なので、態々こんな辺鄙へんぴな場所に進んでやって来る変わり者は少なくなるという寸法である。


 その原理に則れば私は変人だと推論できるけど……。否定はできなかった。


《地球文明は古典的ではありますが、電波送信の技術を習得したようです。我々の科学であれば斯様かような古典式の電波であれ解析できます──つまり、地球から放たれた電波の傍受に成功しています》


「それは、本当⁉︎それなら早く、そう言ってくれれば良かったのに!」


《是──では、船主様のナノマシンにデータを送信しますか?》


「勿論お願い!ふふ……楽しみ〜。地球、どんな所なのかな。ワクワクしてきたよ──」

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未定 虹火 @Kouka_RF

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