親切心が猫を招く。

宮原 桃那

親切心が猫を招く。

 引越したてのあたし、乃明にとって、都市伝説なんてものは関係ない。知らなかったんだよ。

 普通、道端に鍵が落ちてたら拾うでしょ。防犯意識どこに行ったの。てか、ここはどこなの。

 あたしは、あたしはただ、鍵を拾って、顔を上げたら目の前に扉があって、何の疑問も持たずに開けちゃっただけなんだよ。

 呆然と立ち尽くすあたしの前には、一人の偉そうなおっさん。うーん、王冠ついてるし、どう見ても王様だ。そしてなんか青筋立ててる。

「あ、し、失礼しました……」

 そう言って振り向くと、無い。扉が消えた!

「のあーっ⁉︎」

 名前ギャグじゃないから‼︎ そんな感じの悲鳴も上がるでしょ⁉︎ 帰れないんだよ‼︎

「この迷い者を、いつものようにつまみ出せ!」

 王様の言葉に従った兵士っぽい人が、あたしの両脇を掴んで引きずっていく。

「ドナドナ歌えばいい?」

「好きにしろ」

 言われた通りに歌ってやった。哀しそうな瞳はしてないけど、殺される訳でも無さそうなので、そこは雰囲気。

 で、連れて来られたのは謎の部屋。床に模様がでっかく描いてある。魔法陣とかってやつかな。

 そこの中心に乱雑に投げ出されて、あたしは流石にムッとした。

「うわー、最低。モテないでしょあんたら」

「黙れ。迷い者どものせいで、この国は迷惑ばかりかけられてきたんだ」

「知らんがな。放逐するなら普通に放逐しろって話よ」

「過去にそれをした結果、隣国に攻められて、あわや亡国になるところだったのだ‼︎」

 そりゃあ、こんな雑な扱いしてたら、他国に逃げて報復くらいはやりたくもなるわ。

 でも殺さない辺り、殺して何かがあったのだろう。

「いいか、貴様にはこれから、動物になってもらう」

「人間も動物って枠に入るけどそれは」

「やかましい! 迷い者は人間ではないわ!」

「ひっど! そんな事言うから報復されてんじゃないの⁉︎」

 自業自得じゃないか。滅べこんな国。

 ぎゃあぎゃあと言い合いをしていると、扉がまた開いた。入ってきたのは、何か……変な格好の髭のお爺さん。

「ふむ、迷い者は十二年ぶりか。うーむ、そなたはどんな魔物になるかのう」

「おい今、魔物って言った。動物じゃなくて魔物って‼︎」

「おお、間違えた間違えた。そうじゃ、魔物にすると魔王を誑かしてくるから、禁止になったのじゃった」

 この爺さん、代替わりした方が絶対いいよ。もうボケつつあるじゃん。

「動くでないぞー。動くとそこだけ違う生き物になるからのー。ではゆくぞい」

 間延びする言い方、腹立つな。

 床がゆっくりと発光し、あたしを囲む。そしてあたしは、光に包まれた。

 体が軋む。感覚が鋭敏になる。鼓動が速くなる。軽くなっていく。

 そして光が消えたら、あたしは。

「……みゃ?」


 ――猫になっていた。


 ピンクの肉球、黒い毛並み。以前と違う五感。

 うーん、と伸びをすると、気持ちがいい。おお、これは当たりだ。

 と思っていたのは、あたしだけらしい。

「く、黒い魔物じゃと⁉︎」

「早く始末せねば!」

「あれは危険だと、言い伝えにもある!」

 いや放逐してくれないの⁉︎ 殺意増し増しになってるし!

「……にゃーお‼︎」

 ここは、戦略的撤退!! 開いていた扉の隙間をするっと抜けて、あたしは駆ける。

 四つ足で走るなんてした事無いけど、これめっちゃ速くない⁉︎ 風になれる!

 後ろから追いかける足音がめちゃくちゃうるさい。あと、他の悲鳴も。

 そういや猫の聴覚は人間の百倍以上とか。うーん、これはストレス。

 さっさとここを出てしまおう。お、あんなところに窓発見。


 ――こうしてあたしは、逃走劇に打ち勝ったのである。

 まあ、三日前の話なんだけどね。


「にゃー……ぉ……」

 欠伸をすると、お腹も鳴った。

 逃げ延びた先で見つけた森の中なら、果物くらいあるだろ、って甘く見てました。魔物って感じのやつがゴロゴロいるぅ! あんなのにプチッとされたくないよう。

 木の実とかで飢えを凌いでるけど、もしかしてあいつら、猫の存在を知らなかったのか?

 街中でも見かけなかったもんな。そういう世界かー。何でや。猫は全世界で愛されるべき存在だろ!

 そんな訳で、暇だしお腹空いたし生きる気力も湧かないので、木のうろの中で丸くなっていると、足音がした。

 まさか、追っ手か⁉︎ 今は逃げ切れる自信ないぞ!

 耳をぴくぴくさせて警戒していると、その足音は鎧とかではなく、落ち葉を踏むような軽い音。人が居たのに驚いたよ。それとも何か探しに来たとか?

「下さいな、下さいな。あまぁい蜜に、ツヤツヤの葉。真っ赤な果実と、真っ黒な子はどぉこ?」

 ……えっ、もしかして指名手配されてた⁉︎ いやあたしは名乗ってないぞ! こうして隠れて影と同化してればやり過ごせるはず!

 明るく歌う声は、少女っぽいけれど、どうにも怪しい。

 でも足音は近づいてる。ひぃ、怖いよう。

「どぉこ? どぉこ? 木の上かしら? 茂みの奥? 怖がらないで、出ておいで」

 ぞわわっ、と全身の毛が逆立った。今のは、何かおかしな力を使った。何となく分かる。

 捕まえてどうするつもりだろう。食べられたくないぞ。実験台も嫌だ。見つからないように、動かずに、呼吸を浅くして……。

「だぁめ、だぁめ、魔物さん。あげないわ、大事な大事なお友達。嫌なの? そうなの? じゃあ――」


 ――――ギャピアィアァッ⁉︎


 な、な、……何事だろう。今の歌は何? ていうか、近くでヤバそうな気配がしていた事に今気付いたよ……。

 そして、どさり、と落ちた何かの匂いに、あたしは思わず体を起こす。木のうろの中は狭いから、頭をぶつけたけど、それよりも‼︎

「にゃあああっ‼︎」

 めちゃくちゃいい匂いの、これは、新鮮なお肉だ‼︎ 猫になったら、割と生肉も平気になったので、むしろご馳走まである。

 思わず飛び出すと、肉を目の前に、体を掴まれた。

「にゃあぅ⁉︎」

「見つけた、見つけた、お友達。ガリガリ、辛そう。お肉が欲しい?」

 あたしは頷く。くーわーせーろー‼︎

「逃げない、逃げない、逃がさない。さあさあお食べ、遠慮なく」

 額の辺りに唇の感触がして、少し熱を持つ。何だろう、今の。

 それよりも、下ろしてもらったので肉にかぶりついた。食べやすい感じにカットされてて、しかも味もいい。飢えてるからいくらでも食べられる!

 はぐはぐはぐはぐ。はて、何か忘れて、はぐはぐ、いるような? はぐはぐ。

 ……あっという間に食べ尽くしたあたしは、満腹満足でゴロンと寝転がった。はー、最高。

「美味しかった? 真っ黒なお友達」

「……にゃっ」

 そこで、ハッと我に返った。そう、この肉は間違いなく、この少女が用意した。しかも、魔物で。

 改めて少女を見てみると、真っ黒なフードにコート。中の服やブーツ、手袋も真っ黒。わぁ、お揃いだぁ……。

「それじゃあ、一緒に帰りましょうか、お友達。お名前は? 私はフィーネ」

「……にぁ」

 発音出来ないけど分かるのだろうか。という心配は無用だった。

「そう、ノアちゃんね。大変だったでしょう? これからは、一緒に生きていけるから、大丈夫よ。さっき、使い魔の印も付けたから、森の中でも襲われなくなるわ」

「にゃ……にゃー⁉︎」

 なんっつー事後報告‼︎ 恐ろしいな、これが魔女か‼︎

 ……とはいえ、ぶっちゃけ色々解決出来たならありがたい。ここはもう、腹をくくって甘んじて、新しき第二の人生……ならぬ猫生を送る事にしよう。

 まあ、この後魔力がどうのとか魔法がどうのとかで色々とあるのだが、どうせ先の話である。


 ――にゃんにゃん!


※ ※ ※


「ねえねえ、最近越して来た女の子、行方不明らしいよ」

「散歩に行くって言って、それっきり……」

「もしかして――「鍵」、拾っちゃったのかな」

「じゃあ、間違いなく「扉」も開けたよね。可哀想に……」

 女子高生達が噂し、ニュースにもなっている、とある少女の失踪。

 その背景には、この街だけの都市伝説があった。

「落ちてる鍵は、異世界に連れてかれるから拾うなって、誰も教えなかったのかな」

「教える前にやってたら、どうしようもないよ」

「運が良ければ、「終わりの鍵」があるけど……」

「無理だよ。あれはかなり無理やり作ったやつだもん。代償で別の「お友達」を送ってあげる、とは言ったけど」

「そもそも、その世界だけじゃないもんね……」

 少女達は知っている。都市伝説の真実を。この街だけの秘密を。

 そしてこの都市伝説が消える事は、もう永遠に無いのだとも。

「ま、その人が上手くいってますよーに、って祈るか」

「それくらいしか出来ないからね」

「せめて、幸せに暮らしてるといいなあ」


 ――それから年を重ねたある日。一人の男性が、引っ越したばかりの街を散策していた。

「ん? 何だこれ……鍵?」

 男性はしゃがみ込んで、それを手に取った。

 ……そしてまた「始まりの扉」は開かれる。



 ―終―

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親切心が猫を招く。 宮原 桃那 @touna-miyahara

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