第44話 言うべきは

 そして放課後。愛美と智依……そして華凛と共に我が家へ。

 

「…………いや、なんでさも当然のようにお前いんの?」

「愛美いるところに私ありですし?」

「そんな何言ってんの? みたいな感じで言われても……まあ、いいけどさ」

「いやー陽ちゃんの家来るの久しぶりだなー!」

 

 華凛はあっはっは、と笑う。ほんと、自由人だな。はあ……と俺は溜息をつく。

 

「そういや、華凛は陽太と幼馴染みだったっけ。何回か来たことあるの?」

「うん。武瑠と小さい頃、よく遊びに来てたよ」


 …………………………まあ、いいか。華凛もこうやって明るさを取り戻した事だし。やっぱり、コイツは明るいのが似合う。

 

「…………うん?」

「………………」

 

 ふと、智依の方を見ると、何故か不満そうな顔をしている。と、思ったら何か決心したように二人に向かって言う。

 

「………………まあ、私は最近よく陽太君の家に来てますけど」

 

 ………………………………この子は一体何に張り合っているのカナ?

 

 ◆

 

「適当にそこら辺にくつろいでてくれ。今、お茶入れてくるから」

 

 陽太はそう言い、部屋から出ていく。ガチャリ、とドアが閉まる音がすると華凛はニヤリとし動き出す。

 

「さーて、陽ちゃんのエロ本がどこにあるか探すとしますか」

 

 ふふふ、と華凛は下卑た笑みを漏らす。

 

「…………いや、陽太の家にエロ本ないよ」

「うん、ないですね。陽太君の家にエロ本はないですね。探しても無駄かと」

「…………あの、なんで二人とも陽ちゃんのエロ本事情を把握してるんですかね?」

「何でって言われても……」

「調べたからとしか……」

「………………うちの学年上位は変人しかいないのか。勉強だけできてもダメだと言うことがよくわかった。…………今度、陽ちゃんに優しくしてあげよっかな」

 

 失礼な。と言うか、お前が言うな。私の中では華凛が一番の変人だ。

 

「小谷さん、私は変人じゃない。変人なのはコイツだけ」

「あ?」

 

 智依が私を指さして言う。何言ってるのかな、この女は? 

 

「いや、あんたが一番の変——」

 

 不意に華凛と目が合う。変人……変人……。

 

「…………あんたが二番目に変人でしょうが」

「おーい、なんで言い直した? なんで私を見て言い直した? こっち見ろ?」

 

 いや、だってこの中で一番の変人は間違いなく華凛だし……。

 

「なんて言うか……小谷さんって見た目通りの陽キャなんですね」

「あ、智依ちゃんそれ禁止ー!」

「え?」

 

 智依はきょとんとして、華凛を見る。

 

「同い年なんだし、敬語なんていいよ。タメ語でいいよ。私、智依ちゃんと仲良くなりたいな」

「……うん。じゃあ……華凛ちゃん」

 

 智依は少し恥ずかしそうに、けれども嬉しそうにそうつぶやく。

 

「うん、そうそう、よろしくね! 智依ちゃん!」

 

 華凛は智依の呼びかけにとびっきりの笑顔で返す。

 

「にしても、最初会った時より大分変わったね、智依ちゃん。前は少し話しづらいかんじだったけど、今は話しかけやすい。なんというか……雰囲気が柔らかくなった」

「うん…………自分の殻に閉じこもってるだけじゃダメだってわかったから。決めたの、少しずつ……変わっていくって。みんなと関わっていって、信頼して……頼るって。依り、依られるように。失敗しても大丈夫って……そう教えてもらったから」

「…………そっか。うん、いいと思う」

 

 智依の表情は優しかった。彼女にしては珍しく感情を読み取れる表情だった。そして、うっすらと笑顔すら浮かべていた。

 

「まあ、川瀬は別にいいんだけど」

「はあ!?」

 

 コイツは……! こちらを見て鼻で笑う智依。

 

「私もあなたなんてごめんだわ」

「ふーん」

 

 ニヤニヤとした表情を浮かべる智依。

 

「…………何よ」

「今、思い出しても滑稽よね。あなたのあの時の謝罪」

「………………うっ」

 

 そういうことか。…………今回の私が迷惑をかけた件……陽太はもちろんのこと、華凛、クラスの友達、そしてこの女……柴田智依に謝罪をしていた。その時のことを私は苦々しく思い出す。

 

「——何の真似?」

 

 頭を下げる私に智依は訝しげな表情を浮かべる。

 

「…………あなたにも謝罪をしなきゃいけないから」

「は?」

「今回…………陽太はもちろんのこと、華凛やみんな……あなたに迷惑をかけた。本当にごめん」

「…………」


 智依は何も言わずに振り返り歩き出す。が、途中で立ち止まり言う。

「…………あなたが言うべきは謝罪?」

「え?」

「…………」

「…………ありがとう。陽太、華凛、みんな……そしてあなたのおかげで私は救われた。私の大切なものは何か、本当に手にすべきは何か、見失わずにすんだ。何が大切なのか教えてもらった。だから……ありがとう」

「…………そう」

 

 彼女はそう一言。一瞬、彼女の肩が揺れた気がした。けれど、表情は見えない。

 

「川瀬さん」


 智依は顔だけをこちらに向ける。その表情は分かりにくかったが、確かに笑顔を浮かべていた。

 

「大切にしなさい。あなたの大切なものを。かけがえのないものを。私とあなたはまるで逆の人間。でも、だからこそ分かるの。あなたが望んでいるものはとても尊いもの。だから、もう二度と見失わないようにね」

「柴田さん……」

 

 そして彼女は歩き去っていく。

 

「…………あなたは本当にいい人ね。嫌いだけど」

 

 私は歩き去っていく彼女の背中にそうつぶやいた。

 

「——いや、その節は本当に感謝というか、ありがとうと言うか……」

 

 私は居心地悪く、智依から顔を逸らして言う。一方彼女はニヤニヤと勝ち誇った顔をしている。いつも無表情なくせにこういう時だけ表情に出やがって!

 

「いやーあの時の川瀬は滑稽だった。ほれ、また再現してみてよ。無様に頭下げてみてよ」

「〜〜! この!!」

 

 そして掴み合いになる。

 

「大体あんたなんか——」

「何よあんたこそ——」

「…………平和だねー」

「お茶入れてき……何でこうなってんの?」

 

 この後、我に返った私たちは陽太の苦笑いを見て滅茶苦茶言い訳した。

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