第37話 覚悟を決める理由
……結局、俺には答えられなかった。任せろ、などと軽く言うことは出来なかった。川瀬の時も華凛の時も俺は何も応えることが出来なかった。…………とんだクズだ。なんて卑怯なヤツ。救いたいと思っていながら、いざ求められると、救う覚悟も出来ない。そんなどうしようもないクズ野郎。それが俺だ。
「…………雨……か」
頭に冷たい感触を感じ、見上げると雨が降っていた。……こんなヤツ、濡れて風邪でも引いてしまえばいい。
「…………川瀬」
…………そもそも、俺は川瀬のことをどう思っているのだろう。華凛や智依とは違う感情を抱いてるのは確かだ。…………ああ、川瀬に会いたいな。笑顔を見たい。笑って欲しい。名前を呼んで欲しい。……どの分際でそんなことを思えるのか。救う覚悟も出来ないくせに。救おうとする理由すらわからないくせに。ああ、本当、自分が嫌になる。……もういっそのこと——
「——陽太!」
声がして振り向く。そこには武瑠が傘を差して立っていた。
「……風邪、引くぞ」
「…………武瑠」
武瑠は黙って俺に近づき、傘に入れた。
「ほい、茶だ。しっかり飲んで温まりやがれ」
「…………すまん」
俺は武瑠に連れられ、彼の家に来ていた。
「…………いや、別にいい。にしてもお前の落ち込んだ顔を見るの久しぶりだな〜SSRキャラ出るより珍しいわ」
「……そうか?」
「そう。そして落ち込んだらこの世の終わりみたいな顔をする」
「そこまで酷くはないだろ……」
思わず苦笑する。
「少しは元気出たか?」
「……あ」
どうやら気を遣われていたようだ。……申し訳ないな。
「……すまんな。わざわざ気を遣わせて」
「別に? お前がこの世の終わりみたいな顔をするのは事実だし」
「お前なぁ……」
友人の軽口についため息が出る。……でも、ありがたい。
「…………んじゃ、少しはまともな顔になったところで話してもらおうか。……何があった?」
「……それは」
俺は一瞬躊躇ったが、すぐに思い直し、武瑠に話した。川瀬のこと。華凛からの頼み。そして俺自身の決まらない覚悟。それを聞いて武瑠はしばらく熟考し、やがてため息をついて言い放つ。
「…………覚悟? そんなん知るか。めんどくせぇ」
「…………………………は?」
それは俺の悩みの根幹を否定するものだった。
「覚悟だ、それを決める理由だ何だうだうだと……ぶっちゃけ俺にとってはくだらないね。どうだっていい。救いたいから救う。力になりたいから力になる。それだけでいいだろ」
「けど、それだけで相手の大事なものに踏み込むにはあまりにも——」
「陽太」
武瑠の有無を言わせないような声に俺は口をつぐむ。
「大事なのは相手を想う気持ちだ。……たとえ、それが押し付けがましいものでも。相手にとって不本意なものでも……相手のためを想ったことに変わりはねぇ。……お前は多分気づいてないだけだ。なぁ、陽太。お前は川瀬さんのことをどう思ってるんだ?」
「おれ、は……」
俺は……川瀬のことを……。
「俺は……俺は……」
……川瀬の笑う顔が好きだ。悪戯っぽく笑う顔が好きだ。悪戯が成功して嬉しそうに笑う顔が好きだ。たまに見せるドヤ顔が好きだ。一生懸命な顔が好きだ。ヘマをやって少し泣きそうな顔が好きだ。誰にでも優しいけど、気に入らないことは気に入らないと少し子供っぽいところが好きだ。たまに見せる優しい笑顔が好きだ。…………ああ、そうだ。俺は……川瀬愛美が好きだ。……愛している。
「……………………川瀬が……好きだ」
自然と言葉がこぼれる。ああ、そうだ。もう、誤魔化さない。誤魔化せない。俺は川瀬愛美が好きだ。俺は川瀬愛美に恋愛感情を抱いている。だから気になる。だから力になりたい。だから救いたい。
「…………そうか。なら、それでいい」
「…………え?」
「救いたい理由はそれで十分だ。覚悟を決める理由はそれで十分だ。好きだから。……それに勝る覚悟を決める理由が他にあるか?」
「……武瑠」
「さて、これでも……まだ迷うか?」
「…………いや。おかげで覚悟は決まったよ。ありがとう」
武瑠はニッと笑う。
「いいってことよ。親友ポジはこうやっていざと言う時力になるってのが王道だ」
「…………はあ。全く、調子がいい。…………でも、ありがとう。……親友」
「お、陽太がデレた! もはやシークレットレベル!」
「うるせぇ……黙れ」
「酷い。相談に乗った親友になんてことを」
ったく。…………ま、でも本当にお前のおかげで覚悟は決まったよ。俺は川瀬を救いたい。力になりたい。それは川瀬のことが好きだからという自分勝手な理由。
けど…………それで十分だ。
◆
ああ、苦しい。解放されたい。でも、やらなくちゃいけない。頑張らなきゃいけない。たとえ、独りになってしまったとしても。やるしかない。そうして頑張り続けていけば、きっと、いつか、お母さんは私を見てくれる。よくやったね、って褒めてくれる。微笑んでくれる。…………本当に? 本当はわかってる。私はきっとお母さんに認められることはないって。……それでも、諦められない。やり続けるしかない。…………けれど…………やっぱり、苦しいなぁ。
「…………ん?」
ふと、スマホが鳴り無意識に見てしまう。
「………………え?」
谷口から一件のメッセージが届いていた。見るつもりはなかった。けれど、見てしまう。
『明日の放課後、時間をくれ』
…………これ以上は駄目だ。希望を持ってはいけない。誰かに頼ってはいけない。そんな風に甘えるから、お母さんに認められないんだ。……私は返信はせずにスマホの電源を落とした。
「…………」
「…………来てくれたか、川瀬」
「…………何。勉強したいから早く終わらせて欲しい」
…………結局、来てしまった。何も変わりはしないのに。
「…………何の用なの?」
私の問いに谷口は優しく微笑む。その表情はあの日、私を救ってくれた時と同じものだった。そして彼は言った。
「お節介をしにきたんだ」
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