4.小悪魔な彼女に仕返ししようと攻めてみたらデレた

第32話 覚悟とその資格

 人は一人では生きていけないと言うけれど、厳密には違うと思う。少なくとも、川瀬愛美にとっては違う。人は——誰かに愛されなければ生きていけない。認められなければ生きていけない。勉学、スポーツ、人からの人気。それらは全て私にとって、認められるための手段。みんなから認められなくてもいい。みんなに邪険にされたっていい。ただ、一人。あの人から認めて欲しかった。

 

 ——私はお母さんに認められたかった。

 

 ◆

 

「…………」

 

 隣の席の川瀬はずっと勉強をしている。中間試験が終わったというのに、この調子だ。授業中も休み時間もホームルームの時間もこの調子だ。いや、何も勉強することが悪いわけじゃない。むしろ勉強に励むことは学生としては立派と言えるだろう。

 

 ……問題は川瀬が自分に対して何もしてこないということだ。今まで度々絡んできてたのにそれが一切なくなった。……別に俺はドMでもなんでもないので、それ自体はいいことだが……なんか、モヤモヤする。そもそも、傍目から見てもこのままでは駄目だとわかる。今までの明るさがなくなっている。……その原因はおそらく試験の成績が原因だろう。俺も詳しくは知らないが、初めて川瀬と会った時、彼女は母親からの評価をものすごく気にしているような人物だった。俺のお節介が元で、川瀬は母親からの評価を気にすることをやめたと思ったのだが……どうやら、そう簡単に治らないか。

 

「どうにかしようにも……どうすりゃいいんだ?」

 

 ……川瀬に話しかけても大丈夫の一点張りだし、俺自身、これは彼女の家庭問題なんだから口出しすべきなのかどうか、悩んでいる。


「じゃあ、次。林間学校についてお知らせです」

 

 ……そういや、近々林間学校があるんだっけ。この状態で林間学校に行くことにならなければいいが……。

 

「陽太君、帰ろ」

「……ああ」

 

 ホームルームが終わり、智依と帰宅する。

 

「……陽太君、最近心ここにあらず、って感じだけどどうしたの?」


 帰り道の途中、ふと智依に指摘される。どうやら、気づかれていたらしい。

 

「……いや、最近川瀬の様子がおかしいと思ってさ。……中間試験の結果発表後からずっとあんな調子でさ……心配だと思って」

「……ふーん。私といるのに他の女の話、するんだ?」

 

 智依が不貞腐れたように頬を膨らませる。

 

 え? こういうのって異性に相談しちゃいけないのか? 俺が困っていると智依はフッと笑い表情を柔らかくする。そして、冗談だよ、と告げる。……マジで困るからその手の冗談はやめてほしい。

 

「まあ、でも……正直、川瀬さんの様子がどうなっていようが、どうでもいいんだけど」

「…………お前ら、本当仲悪いな。しかも互いに原因が、なんかムカつく、だからタチが悪い」

「……実を言うとこれでも前よりマシになってたりする。そして、あいつはどうでもいいけど、陽太君の心配そうな顔を見るのはしのびないので、真面目に考える」

 

 智依はそう言い、少し真剣な表情をする。

 

「……あいつ、少し前までの私に似てきていると思うんだよね」

「……どういうことだ?」

「私、人と関わるのを避けて、誰にも頼らず、自分一人で全て抱え込んで過ごしてきたっていうのは陽太君も知ってるよね?」

「……ああ」

「今の川瀬さんは、それと似てる感じがする。……誰の手もいらない、他人のことなんて知らない……みたいな」


 確かに智依の言う通りだろう。完全に他人のことを顧みない状態ではないものの、それに近い状態。今の川瀬は必要最低限の会話しか交わさない。クラスの友人とも距離を置いてるっぽいし。

 

「……前までは逆の感じだったのにね。今の川瀬さん、前よりは嫌いじゃないけど、あれはあれでなんかムカつくなぁ……これって同族嫌悪ってヤツ?」

「さ……さぁ……?」

 

 さて、どうしたものか。

 

「そういえば、川瀬さんの友達には相談したの? ほら、今回の学年一位の人」

「ああ……華凛か」

 

 実を言うと華凛には相談した。いや、というよりかは彼女の方から相談が来た。川瀬の様子がいつもと違うと来たので、今回の件について伝えた。それから何も連絡が来なかったので、こちらから連絡したが、ごめんの一言のみ。それからは何を送っても、ごめんの一言メッセージ。……まあ、当然と言えば当然だ。川瀬のことは俺より華凛の方が知っている。当然、今回の原因が自分であることにも気がついただろう。……二人と同じ部活のメンバーに聞く限り、川瀬は華凛には今までと同じように接しているらしい。けれど、長年の友達故か華凛は川瀬の様子の違和感に気付いた。そして、俺にその違和感の答えを聞き、原因を知ってしまった。

 

「………………華凛は……ちょっと今、相談に乗れなくてな」

「……そう」

 

 察したのか、智依はそれ以上深く訊かない。

 

「…………とりあえず、もう少し様子を見てみる以外、方法はないんじゃない?」

「……何もしないってことか?」

「うん。何も出来ないなら、どうしようもない。案外、ふらっと前みたいなウザイ川瀬さんに戻ったりするかもよ?」

「けど……」

「それに」

 

 智依はそこまで言うと、今まで以上に真剣な表情になる。あまり表情の変化がわからない彼女だが、今の彼女は一目見て真剣ということがわかる表情だ。

 

「…………おそらく今、川瀬さんがこうなっている原因は彼女自身の根底、彼女が最も大事にしている価値観が原因となるもの。それは容易に親切心で踏み込んではならないの。……陽太君、あなたに彼女の大事なものに踏み込む勇気はある? 一緒に背負う覚悟はある?」

「…………俺、は……」

 

 ある、とは言えなかった。俺にはそんな……覚悟はない。いや、持ってはいけない。そんなもの、容易に持ってはいけない。そもそも俺があいつにそこまでやる理由がない。友達? そんな理由で彼女の大切なものに足を踏み入れるのは……違うと思う。俺に踏み入る資格はない。

 

「…………今は様子を見てみようよ」

「……ああ、そうだな」

 

 ……様子を見る。それしか、今の俺には出来ない。

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