第28話 男女が二人きり。何も起こらないわけがなく…
「へー、ここが谷口の部屋かー」
川瀬が興味深々といった感じで部屋を見渡す。
「さて、それじゃあベッドの下を確認するとしますか」
「は? 何でだよ」
俺の質問に川瀬はニヤニヤしながら言う。
「いやーアダルトな秘宝があるとしたらベッドの下って相場が決まってるでしょ? 谷口の性癖を把握しようと思いまして」
「把握せんでええわ。つーかそんなもんねぇし。今時そういう本なんて売ってねぇだろ」
「いやいや、同人誌というものなら存在するじゃあーりませんか?」
「未成年が買えるわけねぇだろ。そんなもん」
「ならデジタルか。谷口、検索履歴見せて」
「……嫌だ」
「あ、でも検索履歴見ても意味ないか。プライベートモードで見てたら検索履歴残らないもんね」
「ねえ、お前のその知識はどっから入手してくるの? 初対面の時のお前は同人誌とかベッドの下のブツや検索履歴の証拠隠滅のやり方の知識なんてなさそうだったんだが」
「んー華凛からの知識」
「………………納得」
なら仕方ない。……にしても。
「いやー意外と部屋綺麗なんだねー谷口」
俺はこめかみを押さえ嘆息する。
「…………どうしてこうなった」
時は遡ること数日前。俺たちは勉強会の約束をした。そして検討するべきは場所だった。が、コイツはとんでもないことを言い出しやがったのだ。
「は? 俺の家?」
「そ。谷口の家。いいでしょ?」
冗談じゃない。つーか、何考えてんだ? そんな簡単に男の部屋にホイホイと上がろうとするなよ。いや、俺も武瑠とか男友達だったら渋る理由もないのだが……川瀬だからなぁ……。うちの家族が絶対あれこれ言ってくる。正直、会わせたくない。
「いや、家族がいるし……川瀬の家でいいだろう? 仕事で基本家にはいないって前言ってたし」
「へぇ……谷口は女の子の部屋に上がりたいと?」
「うっ……」
それを言われると弱い。
「別に家族がいるって言っても勉強するだけでしょ? それとも……谷口は家族には見せられないコトでも期待してるのかな?」
「なっ…………ちげえよ!」
「じゃあいいでしょ?」
「うっ……わかったよ……」
「(っしゃ! 合法的に谷口の家に上がる口実ゲット! ついでに家族がいるなら外堀を埋めるチャンス!)」
「川瀬? なんか言った?」
「ううん。何も言ってないけど?」
一瞬、川瀬が小さくガッツポーズをしたような気がしたのだが……気のせいだったか。何だか上手いこと言われて俺の家になってしまったような気もするが……仕方ない。
そして当日になり俺は川瀬と待ち合わせをして自宅へとやって来た。……いや、やってきたも何もただの帰宅なんだがな。
「へーここが谷口の家か。いい家だね」
「いい家も何も普通の家だろ。まあいいや、入ろうぜ」
「うん」
何故かうきうきの川瀬を連れ立ち、俺は我が家のドアノブをひねる。
「ただいまー」
「お邪魔します」
するとその声を聞いてこちらにやってくる厄介な家族A、母親が現れた。
「あらあらいらっしゃい。陽太の彼女さんかしら。うちの陽太がいつもお世話になっております。今日はゆっくりしていってね」
「母さん、彼女じゃないから。クラスメイトの友達。一緒に勉強するだけだから。……川瀬、この人はうちの母親。妙なことを口走るけど気にしなくていいよ」
「初めまして、谷口君のクラスメイトの川瀬愛美です。いつも谷口君にはお世話になっております」
「あらあら、礼儀正しい子ね。陽太、こんな可愛い子に恥じ掻かせちゃ駄目よ。今日はしっかりね」
「何言ってんだ。勉強するだけって言ってるだろ」
「あなたこそ何言ってるの? 男女が同じ部屋でヤることって言ったら一つでしょ? 勉強会なんて定番のネタじゃない。昼間からお盛んね〜若さっていいわね。私も若い時にそんな恋愛をしたかったわ〜」
「マジで黙っててくれない?」
とんでもない妄想を繰り広げる母さんに頭痛がしそうだ。……そう言えば、華凛と母さんは仲が良かったが……まさかあいつの性格って母さんのせいじゃないだろうな?
「ん? 玄関で何してんだ? って……ああ。そういうことか。ほう、この子が……」
「ゲッ……」
目の前にニヤニヤとした嫌な表情を浮かべている男、もとい厄介な家族B、兄の
「ほうほう、これが弟の彼女か。陽太が彼女を家に連れてくるなんて……兄は弟の成長に感動して涙が出そうだ」
「その涙は無駄なもんだからさっさと引っ込めて立ち去るがいい」
「……と被告は述べておりますが、実際のところはどうでしょう母上?」
「ええ、貴志。あなたの想像通りよ。こちらは川瀬愛美さん。ただのクラスメイトということになってるらしいわ」
……普通にただのクラスメイトだ。あと二人してそのキリッとした表情やめろ。
「勉強会という名目で来たの。勉強会……あとは言わなくてもわかるわね。これ以上はやぶさかってものよ」
「ああ……なるほど。理解」
何が理解だ。あんたら二人の理解は間違ってるわ。
「愛美ちゃん、だったかな?」
「はい、川瀬愛美と言います。お兄さん」
お兄さんってなんや。この流れでそれは義兄さんの解釈になるぞ。こいつらの頭では。……あ、一瞬こっち見てニヤっとした。やっぱこいつわざとか。
「うん……陽太は押すより押される方がタイプだ。つまりヘタレだからリードしてやってくれ」
「なるほど、覚えておきます」
「覚えんでいい、全部デタラメだ」
「あと弟はツンデレだ。男のツンデレなんて誰得って感じだが……どうか理解してやってくれ」
「ちげーわ。つーかどっか出かけるんだろ? さっさと行けよ」
貴志は肩を竦め、靴を履いて出ていく。そしてドアを閉める直前思い出したかのように言う。
「そうそう二人とも。ヤるならしっかり避——」
何かふざけたことを言いそうだったので思いっきりドアノブを引いてその声を遮断した。
「だから俺の家は嫌だったんだよ……」
そして今に至る。いや、今に至る経緯までのほとんどの面倒が、数十分前までの出来事ってどういうこと?
……川瀬はと言うと、目の前で物凄く集中して勉強している。……今まで勉強姿の川瀬を見ることはあったが隣から見える横顔だけだったからな。こうして正面に向かい合って見るのは初めてだ。なんだか新鮮というか、綺麗というか——
「谷口?」
「え?」
「どうしたの? 手、止まってるよ。わからないところでもあった?」
「え、ああ、いや! 少し考えてるところ。もうちょっとでわかりそうだから大丈夫!」
ヤバい。何だかドキドキする。今まで川瀬の横顔を見ることは多かったが、正面に向き合うことはそんなに多くなかったのではないだろうか。
「そう? ……あれ、もしかして緊張してる? 実はそういうことを期待しちゃってる? 私とそういうこと……したいの?」
「な……なわけねえだろ! 大体家族がいるのにそんな風な考えになるわけねえだろ。……ほら、俺も集中してしっかり勉強やるから、お前も集中しろよ」
「……私はずっと集中してやってるんだけど」
川瀬はムッとした表情をする。……そういや川瀬の私服見るのってゴールデンウィーク以来だな。可愛いし、似合ってる。……と言うか私服だと胸の大きさが強調されてるように見えて……いかんいかん、集中しろ!
「お勉強中、失礼〜」
俺が煩悩と戦っていると母さんがドアを開け頭だけこちらに出していた。
「私、ちょっと出かけてくるからよろしく〜。あ、陽太。貴志からメッセージ来てたんだけど必要があれば俺の部屋にある元気になる薬やグッズを使ってもいいって」
なんだ、そのメッセージは。誰が使うか、そんなもん。そもそも川瀬は彼女じゃないと言ってるし、家族がいる家でそんな行為に及ぶわけが無いだろう。
「じゃ、行ってきまーす。……夕方には帰るけど、それまでは帰ってこないから安心してねー」
「あ、うん……」
それだけ言うと母さんはドアを閉めて出ていく。ったく、そもそも家族がいる家でそんな行為に及ぶわけがないだろう。
……………………ん? 家族がいる家? 今、母さんは外出したから……
「……家族がいるのに、か。谷口、家族がいない状態ならどうするの?」
川瀬がこちらを見つめて言う。なんだか艶かしい。家族は家にいない。
…………どうすればいいんだ? これ?
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