第27話 黙っているわけにはいかないから
……やっちまった〜!!
私は自分の席に着くなり、頭を抱えて机に突っ伏す。……いや、本当、自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。
「……はぁ〜」
思わず大きなため息が出る。いや、本当煽り耐性なさすぎやろ私。考えなしにも程がある。
「…………」
チラリと柴田さんの席を見る。私と対照的に彼女はいつも通り澄ました無表情だ。腹立つ。あなたのせいで私の精神状態は荒ぶってんですけど!
「……てか、あとで華凛に言われるな。煽り耐性ないって」
呆れた表情の華凛が脳内に浮かぶ。いや、マジで怒られても仕方ない。まだパシられるとかならありだけど、谷口との交流禁止? 冗談じゃない。何で私はあんな賭けを受けたんだ。一方的にリスクが大きすぎるだろう。本当、その場のテンションで決めるのって良くないよね……。はぁ、っと私はまたため息をつく。
「……ため息つきすぎだろ」
「……谷口」
隣で勉強をしていた谷口が耐えきれなくなったのか、話しかけてきた。
「……だってさ」
「だっても何も、お前が乗ったのが悪いじゃんか。お前は煽り耐性低いのか?」
「うっ……」
本当、反論のしようもありません。
「大体、あんな賭けして成立するわけないだろうに。お前と俺が関わらないって、無理だろうが。隣の席で今後関わるなってすげぇ気まずいじゃん」
……まったく、おっしゃる通りです。
「でも……まぁ……怒る気持ちはわかるよ」
「え……?」
谷口はふっと笑う。
「でもまぁ……あんなこと言われたら黙っていられないよな」
「谷口……」
「人生イージーモードなんて、一番お前からかけ離れた言葉だ。そんなこと言われたらそりゃキレるのも当然だ。……だから全力でぶつかってみればいいんじゃないか?」
「谷口……うん。黙っているわけにはいかないから」
ああ、そうだ。あんなことを言われたとあれば全力でぶつからなければいけない。何よりあの言葉を流すのは私を救ってくれた谷口に失礼だ。
「ありがとう……谷口」
「おう」
ああ、本当谷口は優しい。あなたのおかげで私はいつだって救われてきた。でもね。
「……どうしたんだい、川瀬さん? ちょっと圧がすごいんだが」
「ふふふ〜いやー? 聞きたいことがあるだけだよ。谷口君」
私は笑顔で谷口の肩を掴んだ。そう、この問題だけは有耶無耶にすることができない。この問題だけは!
「柴田さんといつ仲良くなったかなんて今更そんな野暮なことは聞かないよ〜? けどさ、あの名前呼びはどういうことなのかな?」
「か、川瀬さん……? お顔が怖いのですが……」
「うーん?」
「い、いえ……なんでもありません」
谷口は咳払いして引き攣った表情を、元に戻す。
「まあ、さっき言ったとおりだ。気づいたら名前呼びする仲になってた。まあ、男女の仲とかそういうのではないことだけははっきり言っておく。わかったか」
むむむ、と私は頬を膨らませる。
「ズルい……」
「え?」
うん、ズルい。そんなのはズルい。というか
「私は名前で呼ばれてないのに柴田さんは名前呼びなの……?」
「え……いや……」
柴田さんより私の方が谷口と過ごした時間は長い。それは僅かな差かもしれない。確かに私は谷口のことが好きだ。けど、私は谷口を男として見る前に友達として見てる。だと言うのに私は未だ苗字呼びで柴田さんはもう名前呼びだなんて納得いかない。
「私のことは名前呼びしてくれないの……?」
「え、いや…………ま、まな……まな——」
「はーい、授業始めまーす。号令」
その時現文の教師がガラリと扉を開けて呼びかける。その声に谷口はビクリと肩を震わせる。そのまま号令の声で私たちは教師へのルーティンを済ます。そして何事も無かったかのように澄ましてやがる男にジト目をくれてやる。
「……名前呼びは?」
「じゅ、授業始まったから集中していかなきゃなー」
この時ばかりは殺意を覚えたとしても、仕方ないと思う。誰も私を責められはしなかったと思う。
◆
「十問中六問っと…」
漢字の小テストの解答時間が終わり、隣の谷口と答案を交換し丸つけをする。
「はい、谷口」
私は答案を谷口に返し、谷口から自身の答案を受け取る。よし、満点だ。
「う……ここ間違えてたな。あとで復習しとこ」
隣の谷口が浮かない顔で回答を見てる。……こう言っちゃなんだけど珍しい。谷口が勉強で悩むなんて滅多にないのに。
「そう言えば中間も近づいてきてるけど、谷口は試験勉強どうなの?」
「あー……昨日から試験勉強始めたけどなかなか苦労してるわ。正直、不安」
谷口は苦笑いして言う。
「ふーん……じゃあさ、今度一緒に勉強会やらない?」
「え?」
「一緒に勉強会しようよ。とりあえず今度の土曜日。谷口がわからないところとか教えてあげるからさ。どう?」
「あ、ああ……それはありがたい。教えてもらえるのは助かる」
「うん。じゃあ、決まりね」
今度の日曜は谷口と勉強か。……うん? あれ……?
………………これってもしかしてお家デートでは? そのことに気がつき、言うまでもなく私は授業中めちゃくちゃテンションがヤバかった。
「煽り耐性ゼロか」
「…………ですよねー」
その日の夜、電話で華凛は開口一番そう言った。部活中は何も言われなかったからワンチャンと思ったが、そんなことはなかった。
「ホントさ〜何考えてんの? 負けたら陽ちゃんと話せなくなるんだよ? そうしたら恋愛どころじゃないよ。告白どころか会話すらできなくなるんだよ? 何考えてんの? このポンコツは?」
「うっ……反省してますから……もうやめて。オーバーキルです……」
はい……反省してます。谷口と同じこと言われた……。
「そもそもあの柴田さんってのも何考えてるんだろうねー? 交流禁止ってまるで束縛彼女……もしかして陽ちゃんのことが好きなのかな?」
「まあ、可能性としてはあるよね」
「実は今日、あの二人が一緒に帰ってるところ目撃しちゃったんだけど……あの二人の関係、愛美は不安じゃない?」
「まあ不安ではあるけど……別に口出しする気もないし、あの二人の関係に口出しする権利もないからね」
「へーそうなんだ。愛美のことだからどうにか仲を引き裂いてやろうと考えてたかと……」
「私のことなんだと思ってるのよ」
「あはは、冗談冗談」
「ったく……まあ、でも本当に邪魔する気はないよ。……誰かがそばにいてくれるって……誰かが自分を見てくれてると感じられるのはとても大切なことだしね」
彼女にとってそれが谷口だと言うなら私は安易に自分の感情だけでそれを邪魔してはいけない。その居場所を奪ってはいけない。
「うん……? そっか……まあ、愛美がそう思うならそれでいいんじゃないかな」
「うん。それに……私は交友関係を縛るような器の小さい女じゃないですからね! 私は相手の交友関係をしっかりと受け止めて尊重する重い女とはかけ離れたデキる女なのですから!」
ふふん、と私は鼻を鳴らす。
「…………」
華凛は何故か、無言になりそして……通話が切れた。
「え? 何で!?」
そして、華凛から鏡のスタンプが送られてきたのだった。
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