第26話 彼女らは相容れない
——それ、あなたに関係あります?
彼女の一言でその場の空気が凍るのを感じた。……いや、そんなセリフを吐いたら空気が悪くなるのなんて当然だろう。うん、まあクラスメイトではあるけれどほとんど赤の他人だもんね。そりゃ教える義理なんてないとは思うよ。けどさ。
「そうだね、たしかに関係ないかも。けど今まで柴田さんと谷口君が仲良くしてるイメージなんてなかったし、接点なんてなさそうな二人が仲良くしてるのを見て気になるのは別におかしいことじゃないと思うけど」
「…………」
あなたには関係ない? そういうわけにはいかないのよ! 谷口が実は女の子なら誰にでもコナかけるようなチャラいやつじゃないってことを証明してもらわないといけないのよ! 大体、谷口も何? 私じゃなく柴田さんと食事って何? 私みたいな面倒な女じゃなくてそこの大人しそうな子の方がいいってわけ? って誰が面倒な女じゃい!! ……いけない。落ち着かないと。
「……確かに私と陽太君に今まで接点はありませんでした。私たちの交友関係を意外に思うのも当然かもしれません。ですが、それだけです。私と彼が仲良くなった理由を教えなければならない理由にはなりません」
「ぐっ……」
おっしゃる通りです……。でも、別にそれくらいいいじゃん?
「……そもそも私、あなたのこと嫌いなので話したくありませんし」
「……はい?」
うん? 今、この子なんて言った? いやいや、聞き間違いだよね。うん。普通嫌いでもはっきりと目の前で本人に言うわけないよね。昔の私じゃあるまいし。
「……嫌いな人に普通、自分の大切な思い出を話したいと思いますか? 思いませんよね。……私が陽太君との思い出話を拒むのはそういうわけです。もっとも、他人に話す気もありませんが」
……うん、聞き間違いでも何でもなかったわ。なんなら現在進行形で私への嫌悪を説明してるわ。もう完全にあなたと話したくないんですが? って目をしてるよ。
……うん、まぁ……実は柴田さんが私のことを嫌いなんだろうなぁとは思ってたよ。一度もまともに話したことはなかったけれど。何となく、知ってた。
そんなことを思っていると、柴田さんはため息をつく。私は意識を彼女に再び向ける。
「……とにかく、私は話したくありません。これ以上の説明はいりませんよね。それともその憐れな頭ではこの説明では不十分でしたか?」
柴田さんは初めて表情を変えて言った。もっとも、それはただの嘲笑であって私にとってありがたくもなんともなかったけれど。はっきり言えば、ものすごくイラッとした。……そもそも柴田さんは私を嫌いだと言うけれど。実は同じく私も柴田さんのことが嫌いだ。話したことはないけれど、一目見た時からあなたのことが嫌いだったのよね。
「……へぇ? でも、私は話したいけどなぁ。一方的に敵視されてはいそうですか、とはならないよ。谷口との話は一旦置いといたとしても、会話すら拒絶されるのは納得いかないな。私が過去、あなたに何かしたと言うならともかく、私はあなたと関わったことすらないんだし恨まれるようなことは何もないよね」
「……思い出を話すのは拒絶しましたが、会話自体拒絶した覚えはないのですが……読解力大丈夫です? 現代文もっと勉強した方がいいと思いますよ。……まあ、実際あなたと話したくないの事実ですけど」
「え、何。柴田さんはいちいち揚げ足を取らないと会話すらできないのでしょうか? そちらこそ現代文をもっと学習したほうがよくってよ?」
「ま、愛美……優等生モード忘れてる……!」
隣の華凛が怖いものを見たかのような表情で言う。おっと、いけない。普段の私は関係が浅いような人には周りが私に抱いてるイメージ通り、優等生キャラで接するのだけれど……まあ、面倒臭いしいいや。なんで、気に食わない女の前でもいい子ぶってなきゃいかんのだ。
「……智依も落ち着け。そもそもなんで、川瀬のことが嫌いなんだ? もしかして川瀬が気付いていないだけで何かされていたのか?」
ここで今まで黙って私たちの会話を聞いていた谷口が諭すように柴田さんに言う。……あと、気付いていないだけでって何? 軽く、私をディスってるよね。あれか、やっぱり大人しい女の方がいいのか!? それとも、眼鏡か!?
「……別に何もされてないよ。陽太君が心配するようなことは何もないよ。……何となく気に食わないだけ。他に理由があるような気もしますが……うまく言えない。とりあえず、何となくこの女が嫌いなだけ。他人と関わるのは嫌いだけど……中でもこの女とは一番関わりたくないと思ってる」
……へぇ、奇遇。私も特にこれと言った明確な理由はないけど何となくあなたのことが嫌い。何故かあなたのことが嫌いなんだよね。……嫌いな理由が両方同じとかますます気に食わない。
「…………」
「…………」
互いに睨み合う。全くもって気に食わない。そもそも谷口はあんたの何なのよ。
「…………というかさ、あまりに自然すぎてスルーしてたけどさ」
不意に華凛がポツリと言う。さして次の言葉が私に衝撃を与えた。
「柴田さんと陽ちゃん、互いに下の名前で呼び合ってるんだね」
…………………………は?
「あんなに私を下の名前で呼ぶのは、嫌がってたのにな〜私は悲しいよ。陽ちゃん」
よよよ、と華凛はこれ見よがしに泣き真似をする。……ああ、うん。理解した。何か、さっきから違和感があると思ってたんだけど……谷口、何でその女を下の名前で呼んでるのよ!? しかも、互いに!
「いや……なんと言うかさ……俺も確かに最初は苗字で呼んでたよ。だけどさ」
谷口が困ったように頭を掻きながら言い、おそらく原因であろう人物に視線を向ける。
「……え? だって友達なら名前で呼び合いますよね?」
……柴田さんはキョトンとした風に目を丸くして言った。
「……で、俺もそういうもんなのかなーってなって名前呼びするようになった……」
谷口が気まずそうに言う。
「えーじゃあ、私も名前で呼んでくれていいじゃなーい? 幼なじみなのに小谷って、苗字呼びはよそよそしいって」
「……まあ、言われてみれば。じゃあ、華凛」
「昔みたいに凛ちゃん呼びがいいー」
「それは無理」
「何でよー」
うー、私だって名前呼びされてないのに……柴田さんいいなー……じゃなくて気に食わない。
「……もういいですか。教室に行きましょう、陽太君」
「ちょっ、話はまだ終わってない……!」
私が柴田さんを引き止めようとすると彼女はイラッとしたように眉を潜めて言う。
「何ですか。……あなたなんかに私たちの仲を邪魔されたくないんですけど。これ以上、私たちに関わらないでください」
「…………智依、その言い方は誤解を招くぞ」
「え? どういうこと?」
「……何でもない」
キョトンとする柴田さんに谷口はため息をつく。
「……まあ、とにかく」
柴田さんは私の目を真っ直ぐに見る。その視線はとてつもなく冷たく、嫌悪と苛立ち、軽蔑がこもっていた。怒ってすらいた。
「——あなたのような優秀で、それでいて誰からも愛されるような人にあれこれ言われたくありません。……あなたに私の気持ちなんてわかるはずもないのに。いいよね、人生イージーで」
「あ……」
——あなたに私の何がわかるって言うの。
かつての自分を思い出す。柴田さんにかつての私を見る。かつての私が重なる。
「……では」
柴田さんはそう言い教室に入っていこうとする。
「——待ちなさい」
気付けば、呼び止めていた。私の声に柴田さんは足を止めて振り返る。……私は今、とても怒っていた。
「……その言葉はスルーできないわ。謝罪して」
「……いやです。だって、あなたのことが嫌いだから」
「こんのっ……!」
その返しにイラッとし言い返そうとする。だが、その言葉は隣の友人に遮られる。
「だったらここは一つ賭けをしたらどう?」
その場の全員が華凛に注目する。
「賭け……ですか?」
「うん。今度の試験で学年一位を賭けて勝負。愛美は学年一位、柴田さんは学年三位。両方、学年トップクラスの成績だからいい勝負になるよね。……実は私、柴田さんの名前は知っていたのです」
ニヒッ、と華凛は悪戯っぽく笑う。
「……つまり私が彼女に負けたら謝罪しろと」
「そういうこと〜」
「ですが、賭けというのならもちろんこちらも要求をしていいのですよね」
「もっちろん。何がいい? 愛美を下僕にでもしちゃう〜? それとも——」
「では、私と陽太君の関係に今後口を出さないでください。……ああ、いや……私と陽太君に関わらないようにしてください」
「へ……?」
華凛の顔が引き攣る。しかし、我に返ったように慌てて言う。
「いや、流石にそれは——」
「そうだ、そもそも俺はいいなんて一言も——」
「いいよ、それで」
「愛美!?」
「川瀬!?」
華凛が慌てているが知ったことか。この女をギャフンと言わせてやらなければ、気が済まない。
「……それではそういうことで。楽しみですね、あなたの悔しがる顔が」
「そっちこそ。その済ました顔を崩してやるわ」
私の言葉に柴田さんは何も言わずそのまま教室に入って行く。
「本当、気に食わない……!」
まあ何にせよ。ふうっと私は深呼吸して心を落ち着かせる。
……この戦い、負けられない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます