3.少女の心が溶けるとき

第19話 遅かれ早かれ

 誰かを好きになる。好きになった人の一挙一動が気になってしまう。その人の言葉に一喜一憂してしまう。目で追ってしまう。その人のことをもっと知りたくなる。

 ……それはとてもありふれた話。人はそれを恋と呼ぶ。好きな人が何を考えてるかわからなくて、ヤキモキして不安になる。自分がどう思われてるか気になってしまう。嫌われたくない。自分を見て欲しい。……そんなことばかり考えてしまう。そうやって、人は恋をしていく。

 

 なら、俺はどうだろう。俺の川瀬に対する気持ちは恋愛感情によるものなのだろうか。川瀬のことを知りたい。これからも共にいたい、というこの気持ちは恋なのだろうか。……わからない。俺には……これを恋だと言い切ることができない。自分の気持ちがわからない。

 

「面倒くせーな。そりゃ好きってことだろーが」

 

 武瑠は呆れたように言う。

 

「なぁ、陽太もそう思わね?」

「あ? ……そーだな」

 

 俺は武瑠の家に遊びに来ていた。そして二人でとあるアニメを見ていた。内容は高校生男女の恋愛を描いたよくあるラブコメだ。……凛ちゃんに強烈に薦められたので二人して見てるわけだが。で、現在のシーンはヒロインが本当は主人公の男子が好きなのにあれこれ理由をつけて、否定しているという場面。まあ、典型的なツンデレ。

 

「でもさ、実際はこう素直に好きって認めるのは難しいのかもな」

「ん、どういうこと?」

 

 武瑠が怪訝そうに訊いてくる。

 

「……なんかさ、今までただの友人だったのに、そういう意識を持ってしまうのは、何と言うか怖いと思うんだよ。今までの関係が壊れてしまうというか。それまでのままではいられない。……だからこそ、その関係が壊れるのが怖いからこそ、自分の気持ちに蓋をしてしまうんじゃないかって思う」

「ほーん。やけに説得力のある言葉だな。実体験か?」

「ちげーよ」

 

 冗談だよ、と武瑠は笑ったあと、でも、と続ける。

 

「それってどうなんだろうな」

「……え?」

「確かに今までの関係が壊れてしまうのは怖いだろうよ。付き合える付き合えない抜きにしても、それまでと同じように相手を見ることはできない。今までと同じように相手に接することはできない。だけどさ……それって問題を先送りしてるだけだろ?」

「……どういうことだよ?」

「だって本当は相手のことが好きなんだ。それは遅かれ早かれ自覚するもんだ。きっと、抑えきれなくなるもんなんだ。よくあるだろ? 自分って本当はあいつのことが好きだったんだ……って、好きな人に相手ができてから自覚する展開。ま、そういうのは本当最悪のパターンだ。拗らせすぎて自覚するのが遅かった。こういうのは何もかもが手遅れ。……そうなるくらいならさ、さっさと自分の気持ちに素直になった方がいい。好きって認めた方がいい。気づいた時にはもう手遅れ。そんなのは何もかも意味がない。悔やむだけだよ」

「なんだよ、そっちこそやけに説得力があるな。実体験か?」

「さーて、どうだろうな?」

 

 武瑠がニヤリと笑ってこちらを挑発する。

 

「うわ、うぜ。お前モテるからなおさらどっちかわからん」

「はっはっはっは。もっと褒めるがいい。崇め奉るがいい」

「褒めてねえ。崇めねぇ。滅びろ」

「ひでぇ言い様」

 

 ……遅かれ早かれ自覚する……か。……俺はどうなんだろうな。

 

 ◆

 

「……いや、重くない? というか面倒くさい」

「はあーっ!!!?」

 

 華凛が信じられない、と言うように大声を出す。

 

「え。だってそうじゃない? 他の女の子と話してただけでその子のことが好きなんじゃないかって心配したり、私だけのことしか考えられないようにしてみせる! とか、本当は好きなくせに好きじゃない! って怒ったり……ぶっちゃけ普通に面倒くさい子じゃない?」

「そこがいいんだろうがぁ!!!!」


 華凛が吠える。……私は華凛の家に遊びに来ていた。そして、途中華凛が「いいアニメがあるから見よう! 愛美もハマるから!」と熱弁してきたので、華凛イチオシのラブコメアニメを一緒に見ることに。その折、華凛推しのヒロインについて感想を求められたので、率直に思ったことを言い……今に至る。

 

「って言うかそれ、愛美が言うんか? と思うんやけど」

「え?」

 怒り狂っていた華凛が突如そう言い、ジト目になる。

 

「いや、だってそうじゃん」

「いやいや、言うほど私は——」

「好きな人が幼なじみと再会したのを見て、本当はその人が好きなんじゃないかって落ち込んだり」

「うぐ!」

「この機会に私を意識させてやる! って息巻いたり」

「がはっ!」

「好きな人にどう接すればいいかわからないからって小悪魔ぶってみたのはいいものの、いざ迫られるとテンパって逃げたり誤魔化したり……と」

「ぐはぁっ!」

「……これは重くて面倒くさい女じゃないん?」

 

 すっかりメンタルブレイクされて膝から崩れ落ちた私に冷ややかな視線と共に華凛は言い放った。

 

「…………客観的に見るって大事ですね」

「よろしい」

 

 うんうん、と華凛は頷く。……確かに私って面倒くさい女だなぁ。これはお前が言うなと言われても仕方ない案件。これからは客観的に自分の行動を見つめ直そう。そう思いながら姿勢を正す。でも、だ。確かに私は面倒くさい女だろう。それは何も谷口のことに限ったことじゃないし。それでもだ。一つだけ納得のいかないことがある。

 

「……小悪魔に関しては華凛のせいだよねぇ!!!?」

「…………」

 

 谷口にどう接すればいいかわからず、小悪魔キャラでいくようになったのは事実だ。いやちょっと待ってほしい。そうはならんやろという反論はもう少し待って。……こうなった理由は華凛のアドバイスが原因だ。そのアドバイスとは……

 

「好きな人ができたけど、どう接すればいいかわからないって相談した私に華凛は言ったよね!? ……小悪魔キャラでいけば大丈夫だよ。大抵の男はこれで落ちる! って。これについては華凛が悪くない!?」

 

 そう。私が小悪魔ぶるようになった理由はひとえに華凛のアドバイスのせいだ。なのに一方的に言われるのはどうかと思う。そして、私の抗議に華凛はフッと笑い

 

「いや、でも普通その通りに小悪魔キャラやらんくない? 私、悪くないし。全部愛美の責任。ハッ」

 

 とやれやれと両手を広げ頭を振り、鼻で笑う。

 

「はああああああ!!!?」

 

 今度は私が発狂する番だった。

 

「あんたねぇ!! 華凛のせいで小悪魔ぶることになったのよ!? ずっとそれが正しいんだって思ってたのに! 最近、あれ? 本当に小悪魔キャラって大丈夫か? とか不安に思い始めたけど、ここまでやってきたからにはやめるにやめれないし! どうしてくれんのよぉ!」

 

 私は涙目で華凛に掴みかかり、揺さぶる。私が手を離すと華凛はまた笑い出すが、その笑いは徐々に震えた声になって、動揺したような表情で言う。これが漫画だったらきっと汗をだらだら流している表現をされていると思う。

 

「いや、まさか本当に小悪魔やり出すとか思わないじゃん……? こっちは冗談のつもりで言ったのに本当に小悪魔キャラになるとか誰が思うよ……? 同時にこれで小悪魔キャラのせいで嫌われたら完全に私、戦犯じゃんって罪悪感が……」

「なんかごめんね!?」

 

 まさかの罪悪感を感じていた。……いや、まあ今考えると普通、真に受けてやるとは思わないよね。うん。やっぱ悪いの私だわコレ。

 

「はぁ……」

「あ、そういや愛美に言うの忘れてた」

「……うん? どうしたの?」

「うん。実は私……引っ越すことになったわ」

「え……?」

 

 華凛はさらりと連絡事項を伝えるように軽い調子でそう言い放った。

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