第18話 視線が合う(後編)
どれだけ時間が経ったろうか。俺はスマホの明かりを付ける。……時刻は23時43分。そろそろ行こう。俺は武瑠を起こさないように注意し、テントから出る。そして、昼間に川瀬と歩いた道を進んでいく。やがて、昼間に来たスポットに辿り着くが、もっと先に進んで行く。この先は知る人のみ知る隠れスポット……らしい。なんかネットでそう書かれてた。
そして、広がる自然を抜けると、丘にたどり着く。見上げると満天の星。しばしの間、その絶景に目を奪われる。
「谷口」
しかし、聞こえた声に意識は引き戻された。
「……川瀬」
ジャージ姿の川瀬が地面に体育座りして、こちらへと笑いかけていた。そして何も言わず、自身の隣をトントンと叩く。俺は川瀬に寄り、その隣に座る。
「……よう」
「……うん」
それっきり、しばらく沈黙が訪れる。
「あの……それでどうしたんだ?」
堪えきれず俺は切り出す。それに少しの間を置いて川瀬は答えた。
「……一緒に……見ようと思って」
「え?」
「谷口と一緒にこの光景を見たかったの」
その答えに俺はなんて返せばいいかわからなかった。
「ほら、綺麗じゃない? この夜空」
「それはそうだが……武瑠達も呼べばよかったんじゃないか?」
「ううん。もう夜遅いし、みんなで来たら騒いじゃうかもしれなかったし」
「それなら、わざわざこんな時間じゃなくても……もう少し早い時間にすればよかったんじゃないか?」
「そうだね。なんでだろ……少し、魔が差しちゃった」
川瀬はくすりと笑う。その顔を見て、俺は何も言うことが出来なかった。
「…………」
「……星、綺麗だね」
「……そう、だな……」
そのまま会話を続けることなく、互いに夜空を眺める。……何気なく、川瀬の横顔を盗み見る。
——その姿に目を奪われた。夜空を眺める川瀬はとても綺麗で……。
「——ねえ、谷口」
「な、何だ?」
不意に話しかけられ、動揺しつつ視線を戻す。幸い、川瀬は夜空を見たまま喋りだしたので、こちらが川瀬を見ていたことには気付いていない。……気付いてないよな?
「……初めて会った時のこと、覚えてる?」
川瀬が問いかけてくる。
「……ああ」
忘れる、はずもない。初めて会った時の川瀬愛美は一目見て、とても危ういものだと感じた。今のような明るさなんてない。ただ一つのことだけしか目に入っていない。それだけに執着している。……そんな状態だった。
「あの日、あの時、谷口に会えてよかった。谷口に会えなければ、今の私はいない」
——君、今にも倒れそうな顔してるけど大丈夫?
「……昨日の昼間にも言ったが、ただの気まぐれだよ。感謝されることじゃない」
謙遜などではない。事実だ。別に俺は正義感が強いわけじゃない。他人と同じように、面倒事だと思ったら見てみぬ振りをする普通の人間。あの時だって、本当は見て見ぬ振りをしようと思ってた。……本当、ただの気まぐれなのだ。気付いたら話しかけていた。それだけなのだ。
「——それでも、たとえ気まぐれだったとしても、あの時の谷口の言葉があったから今の私がある」
——今、楽しい?
今思うとホントとんだお節介である。何様のつもりだよ、と思う。——それでも。
「谷口」
名前を呼ばれ、川瀬の方に顔を向ける。そこにはじっとこちらを見つめる川瀬がいた。視線が合う。そして、川瀬はとびっきりの、最高の笑顔で言った。
「——ありがとう!」
——それでも、この笑顔を見れるのなら……俺のお節介は、正しかったのかもしれない。
「そっ……か」
俺は視線を夜空へと向ける。さっきより何倍も綺麗に感じる。
「――でも残念」
「え?」
俺は川瀬に視線を戻す。何が、と訊く前に川瀬は答える。
「もし月が出ていれば、月が綺麗だね、って谷口に言えるのに」
「……それってどういう意味?」
「どういう意味だと思う?」
「……っ!」
いつものからかい。いつものパターンだ。そう思い、真っ直ぐに川瀬を見る。微かに微笑み、頬を染めてこちらを見つめている。いや、どうせこのあとニヤついた顔で「もちろん、恋愛的な意味じゃなくて景色のことだよ~」とか言うに決まっているんだ。そう思い警戒するが、一向にその気配はない。……こうなったら、こちらから仕掛けるしかない。
「その言い方だと、好きって言ってるようにも捉えられるぞ」
「もし、そうなら……谷口はどうするの?」
「えっ……」
否定でも肯定でもない。いつものように、からかってるわけでもない。見つめてくるその瞳から目が離せない。何か言おう。そう思うも、浮かぶ言葉は口にすることなく消えて行く。
「…………」
「…………」
どれくらいそうしていただろうか、川瀬の戻ろっかと言う呼びかけに、これまで停止していた身体、思考が活動を開始する。
「そう……だな」
……結局、何も言うことは出来なかった。
戻る道中、会話は一切なかった。……やがて、テントへたどり着く。
「じゃ、じゃあ……おやすみ」
「うん、おやすみ谷口。来てくれて、ありがとね」
笑顔で川瀬は言う。……結局、川瀬の真意はわからなかったが……まあ、これ以上考えるのは止めよう。考えるだけ、無駄だ。そう思い、テントに入ろうとして——
「ねえ、知ってる?」
動きを止める。そのまま、顔だけ川瀬に振り向く。
「深夜にあの丘で一緒にいた男女はカップルになるって噂があるの」
……………………は?
「……それはどういう——」
「じゃ、おやすみ。また朝に」
「え、ちょ、川瀬!?」
川瀬は言うだけ言ってそのままさっさと自分のテントへと入って行った。
「どういうつもりなんだよ、ホント……」
俺はそのまま座り込み、しばらくの間夜空を眺めていた。
◆
翌日。朝起きて、みんなで朝食を取り、散策し、昼に昼食を取り、その後は片付けをし、帰り支度。そして、現在は帰りの新幹線。……正直、全く記憶にねぇ。それと言うのも川瀬のことが頭にチラついて、集中できなかった。……いや、川瀬の言動が気になってたって意味だからな。そこは間違えるなよ。……って俺は誰に言い訳してんだ……。川瀬と目が合うと、あいつはあいつで何も言わず、微笑んでくるだけだし。
——好きって言うのは、たくさんその人のことを考えたりしてることだと思う
……もし、仮にそうなら、俺は川瀬のことが好きなのか?
「…………」
チラリと川瀬に視線を向ける。……川瀬と視線が合う。川瀬がニコリと微笑む。俺は咄嗟に視線を逸らす。
「……違う、と思う」
「どうした? 陽太」
「いや、何でもないよ」
「そっか。まあいいや。俺は眠いから寝る。おやす……」
「……一瞬で寝た」
どうやら口に出てしまってたようで、武瑠に不審がられてしまう。……もとはと言えばお前の言葉にも原因の一端はあるんだからな、と理不尽に思ったりする。が、当人はすでに夢の中だ。
……わからない。俺は川瀬のことが好きなのか、わからない。けれど、この二日間を通して、学校では見られない川瀬のことを知れた。優しいところ、無邪気なところ、少し抜けてるところ、たまに周りが見えなくなるところ。……それでもほんの一部だ。だからこそ思う。もっと川瀬のことを知りたい。あいつの色んな顔を見てみたい。彼女の隣にいたい。これが恋心なのかわからない。だけど、それでいい。今は、これでいい。
「…………っ」
俺は川瀬に視線を向ける。
「…………」
——視線が合う。
◆
…………ああ、嬉しい。谷口がこちらを見て視線を逸らす。昨日までにはなかった光景だ。昨日の深夜から今現在まで平然と振る舞っているが、内心はというと、外面のように穏やかではない。心臓はずっとバクバクしてるし、気を抜けば羞恥で顔を真っ赤にしそう。そもそもあんなの、谷口のことが好きって言ったようなもんだ。もはや告白同然だ。……さすがにそれは違うか。それでも、あれだけのこと言ってポーカーフェイスを保っている私を褒めて欲しい。……まあ、ここで顔を赤くしたり、照れたりしたらもう完全にアウトなんだけど。言い逃れが出来なくなるんですが。退路絶たれちゃうんよ。
……でも、ここまでのリスクを取った価値はあるよね。だって、今まで一方的だった視線が今はそうじゃない。互いにぶつかってる。谷口が私のことをどう思ってるかはわからないけど、少なくとも私を意識するようにはなった。……なった、はずだ。いや、多分勘違いの可能性の方が高い。……流石にそれは思い上がりじゃね? なんか谷口が私を意識してるとか思ってたけど、冷静に考えると多分勘違いだよね? うわ、急に恥ずかしくなってきた……。まあ、それでも……。
「……よし……だよね」
「どうしたん? 愛美」
「あ、いや、なんでもないよ。ただの独り言」
「そう? それならいいんやけど……にしても武瑠、めっちゃ気持ちよさそうに寝てるなぁ。なんかイタズラしようかな」
「や、やめときなよ」
……うう。どうやら声に出てたようだ。恥ずかしい。……まあ、とにかくだ。谷口と目が合うようになった。私の一方的な視線は、もう一方的ではなくなった。それが嬉しい。幸せだ。ドキドキする。
「…………」
私はチラリと谷口に視線を向ける。……あ。また……
——視線が合う。
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