第2話 小悪魔のキモチ

「おはよー谷口」


 昨日の失態等はなかったかのように川瀬はいつも通り挨拶してきた。

 

「ああ、おはよう。川瀬」

 

 多分、昨日のはデレたとかそう言うのではなくて、普段俺が積極的に何か言うということは無かったからそれで驚いたのだろう。となると、普通に昨日の俺、痛くね? 何がデレただよ。勘違いとかどんな痛いヤツだよ。そもそもあの発言何? 今時少女漫画でもあんなこと言う男いないだろ! 読んだことないからわからんけどな! 

 

 と、俺は内心悶えつつもそれを顔には出さない。しかし、テンションに身を任せた行動は後々後悔することになると学んだ。谷口陽太はまた一つ大人になったのだ。まる。

 

「なーに悟り開いた顔してんの、陽太」

 

 聞こえた声に思案を中断し、顔を上げるとそこに呆れた顔をしたガタイのいい男が立っていた。

 

「……武瑠たける

「おう、おはよう。陽太」

「ん。はよう。他の奴らは……どうせ、遅刻ギリギリまで来ないんだろう」

「だな」

 

 武瑠がやれやれと肩をすくめる。

 

「そーいや、お前英語の課題やった?」

「やべ、やってねーわ。見せてくれよ」

「お前なぁ……」

「頼むよ、ようえもーん」

「いや、語呂悪すぎだろ」

 

 と、俺達は予鈴が鳴るまで話していた。ちなみに他の仲良い連中は予鈴がなると同時に教室に入り込んできた。もっと早く来いよ。

 


「ーであるからーここの訳はー」


 あー。退屈だ。というか、眠い。俺は古文の授業を受けながら、そんなことを考えていた。ていうか、こんなの授業じゃなくて、拷問じゃん? 俺はこっそり欠伸をする。と、その時だ。制服のポケットに入っているスマホが震えるのを感じ、こっそり確認する。

 

『集中しなきゃ、ダメだよー?』

 

 それは、川瀬からのメッセージだった。隣の川瀬を見やるとこちらを見て微笑んでいた。俺はすぐさまメッセージアプリを起動し、川瀬に返信をする。

 

『お前こそ集中してねえじゃん』

『お、返信早ーい。そんなに私と話したかったのかなー?』

 

「なっ……!」

 

 川瀬の返信を見て俺は思わず顔を赤くする。隣の席を見やると彼女はニヤニヤとした表情を浮かべ、こちらを見ていた。完全に楽しんでやがる。そこまで言うならやってやろうじゃないか。そして俺は返信を打ち込む。

 

『いやいや、そっちが先に絡んできたんだろ。そんなに俺に相手して欲しかったのか? さすが、優等生。男への絡み方がお上手ですこと』

 

「なっ……」

 

 メッセージを見た途端、川瀬は顔を真っ赤にする。ははははは! 愉快、愉快! にしてもちょっと痛い文面な気がするが気にしない! 

 

「~っ!」

 

 川瀬は真っ赤な顔でこっちを睨んできている。……目には薄ら涙が浮かんでいる。えっ? え? 頭にクエスチョンマークが浮かびまくるが、ふと自分の行動を振り返ってみる。そういや俺が送信したメッセージってかなり失礼だった気が……。俺は自分の送ったメッセージを再度見て、ある部分を凝視する。

 

『さすが、優等生。男への絡み方がお上手ですこと』

 

 めっちゃ失礼じゃん! さすがにこれはダメだ。言っていいことと悪いことがあるだろ。俺は顔を真っ青にしながら、川瀬へと向き小声で謝罪する。

 

「す、すまん。川瀬。さすがに言い過ぎ——」

「ぷっ」

 

 ハッとする。俺はコイツがどう言うやつだったかを思い出す。そう、コイツは——


「騙されてやんの。谷口、かっわいいー」

 

 コイツは男を弄ぶ小悪魔だったってことを!

 

「お、お前……」

 

 責めるような俺の視線に川瀬はニヤニヤとした笑みで返す。そして、メッセージを打ち込む。俺はそのメッセージを見て苦笑した。

  

『私は大丈夫だけど、他の子にはこんなの送っちゃダメだからね~』

 

 ぐうの音も出ない程の正論だった。俺は「肝に銘じておく。すまなかった」とメッセージを打ち込み、スマホをしまう。眠気も冷めた事だし、授業に集中することとしよう。

 


 ……いや~焦った、焦った。私は隣の隣人、谷口をチラリと盗み見し、心の中でそうつぶやく。そう、もうお気付きでしょうが、私、川瀬愛美は谷口陽太のことが好きなのである! って、誰に言ってんだよ。恥ずッ! にしてもピンチだ。何がピンチかって昨日から谷口が私に攻めてくるのだ。今まで照れ隠しのアプローチをしてたのに昨日から急に私にアタックしてくる! 本当、やめて! 私じゃなかったら、卒倒してたね! 平気なフリするのも楽じゃないんだから。にしても……。


(男への絡み方が上手、か……) 

 

 実際、本心ではなかっただろうし、失礼だと思ったからこそ谷口は顔を真っ青にしてまで謝ってきたのだろう。それはわかる。けど、そもそも……

 

「好きでもない人にこうグイグイ行くわけないじゃん。バカ……」

「川瀬、なんか言ったか……?」

 

 ハッとする。隣を見ると谷口が怪訝な表情をしている。

 

「いや、別にー? 何、幻聴が聞こえるくらい私のこと考えてたの?」

 

 私がそう言うと、谷口は顔を真っ赤にして再び正面へと向き授業に集中する。危ない、危ない。声に出てたか。にしてもめんどくさい女だな、私。こんなことしてないで、さっさと告ればいいのに。だけど、怖い。拒否されるのが……。だから、今はこうしてるだけでいい。

 そして、再度バレないようにちらりと谷口の顔を見る。

 

「……」

 

 そう、今はまだこのままでいい。だけど、いつか……この想いを伝えてやるんだから!

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