第3話 小悪魔は不安になる

 古文の授業以降何事もなく授業は終わり、さあ後は帰るだけだと言いたいがそうは問屋が卸さない。なぜなら、今日は委員会があるからだ。ああ憂鬱だ。さて。何故、俺が委員会ごときで嫌そうにしているか。

 それは——


「放課後も一緒だね。谷口♡」


 川瀬も同じ委員会だったからだ……。


「あ、これ現代文でやった小説じゃん。面白かったから、借りて読もっと……」


 てか、何でお前も図書委員なんだよ! お前なら、学級委員長もやれるだろ! 事実、クラスメイトに推薦されてただろ!


「どうでもいいけど、お前そういうの読むんだな。なんか漫画しか読まないイメージだったわ」

「あ、それどういう意味? 私、純粋に本が好きだから図書委員になったんだよ?」


 抗議するかのように頬を膨らませる川瀬。……不覚にも可愛いと思ってしまった。……そういや、普段の小悪魔キャラで忘れてたがコイツ優等生キャラだったわ。なんか、スマン。


 俺の考えを察したのか川瀬はニヤッと意地悪い表情を浮かべる。


「あ、もしかして谷口と同じ委員会がいいから図書委員に入ったとでも思った? ごめんね? ただの偶然~」

「そんなこと思ってないわ!」

「顔真っ赤~」


 クスクスと笑う川瀬。この野郎……。


「だ、大体……図書委員なんて本が好きか仕事が楽そうだからってなる奴が大半だろ」


 俺は赤面しつつ川瀬に言う。話題を変えねば……。


「そう? じゃあ、谷口はどっちの理由で入ったの?」

「俺は……どちらかというと楽そうだから図書委員にしたな……」

「だと思った」

「うっせ……」


 でも、本が嫌いというわけではない。……まあ、大抵読むのは漫画だが。口には出さなかったが、川瀬のにやけた顔を見るときっとお見通しなんだろうなぁ……と思わずにはいられなかった。



 そう、私が図書委員になったのは単に本が好きだからという理由だ。谷口と同じ図書委員会になったのはあくまで偶然。まあ、実際同じ委員会でメチャクチャうれしいのは事実だけど。だって、谷口と放課後も一緒にいられるなんて幸せだもの。


「——と思っていた時期が、私にもありました」


 私は小声で弱々しい笑みを浮かべながらそうつぶやく。鏡は見てないが、きっと今の私は目からハイライトが消えたという表現が似合う顔をしているだろう。どうして私がこんな状態になっているか。それは目の前にいる女の子が谷口に抱き着いているからだ。


「陽ちゃん、久しぶりやなー! うーん、しかし立派な身体になりましたな……これは堪能しがいがありますなー。ぐへへへへ」

 

 小柄でありながら、私と同じくらいのサイズ感の胸を持った女の子はその身体を谷口に押し付ける。むに、という擬音が私には聞こえた。

 

「ちょ、離れろよ小谷こたに!」

 

 谷口が顔を真っ赤にして叫ぶ。ふむ、きっと彼女は栄養が背丈に行かなかった代わりに胸に行ったタイプだろう。……それにしても小谷という名前よりも、どちらかと言うと——

 

「えー、何でそんな他人行儀なん。昔は華凛かりんちゃんって呼んでくれとったのに。ところで話は変わるけど、小谷と言うより大谷の方が似合うと思わん? こんな立派な谷間を持ってるのに小谷って!」


 あ、同じこと思ってた。なんか屈辱。まあ、でも同じこと思ってても不思議ではないか。だって——

 

「……さっきから何やってんのおおおお? か~りぃ~ん?」

 

 私は怒気を込めた声で彼女に呼びかける。すると、彼女は彼に抱きつくのをやめてこっちに振り返り、人懐っこい笑みを私に向ける。

 

「お、愛美。そう言えば、あんたも図書委員って言ってったけ。よろしく」

 

 無邪気な表情の彼女を私は眉をひそめ、ジト目を向ける。小谷華凛こたにかりん。くりっとした綺麗な瞳で、向日葵のように明るい色の短髪。幼い印象を見せつつも優れたスタイル。さらに言うと新入生テストでは学年2位という私に次ぐ成績優秀者。そして何より……私の友人だ。

 

「よろしく、じゃないわよ。あなた何やってるのよ」

「ん? ああ、陽ちゃんとは昔ご近所さんで、まあ所謂いわゆる、幼馴染みってやつで——ってああ、そういうことか」

 

 華凛は途中言葉を切り、納得したような顔をしたかと思えば、ニヤニヤとした表情を浮かべ、私に耳打ちしてくる。

 

「(陽ちゃんが、あんたがいつも言ってた気になる人? なら、これ以上は控えるよ)」

「んにゃ!?」

 

 私は顔を真っ赤にする。う、確かに華凛には気になる人がいると相談したことあるけど、実際に本人を目の前にしてそう言われると恥ずかしい。

 

「うう~」

「ほらほら、シャキッとして。陽ちゃんに見られてるよ」

 

 その言葉に私はハッとする。谷口を見ると彼はぽかんとした表情をしていた。

 

「ん~何かな~谷口? もしかして私に見とれてたのかな?」

「いや、さすがにそれは無理があるだろ」

「ちょっと、何言ってるかわかんないなー? あ、もしかして照れ隠し?」

「何でそうなるんだよ!」

 

 谷口は抗議する。ちょっと、強引だったがこれでよし。

 

「うひゃーまさか、本当に小悪魔やってるとは。……相談されて、小悪魔やれば大丈夫、とか唆した私が言うのもなんだけどマジか。この子、意外にピュア……と言うかポンコツやな」

「ん、何か言った? 華凛?」

「何でもないよー」

「そう? ならいいけど」

 

 華凛が何かブツブツ言ってたが、まあいっか。大事なのは私の小悪魔というキャラ性を谷口に対して守ることが出来たということ。偉いぞ私! エッヘン! と心の中で胸を張っておく。

 

「さて、そろそろ時間だし席に着いて待っとこうか。谷口、ほら。華凛、あんたも」

「りょーかい。あ、陽ちゃん。折角だから、後で連絡先教えてね~。愛美、今日の夜は根掘り葉掘り聞いてやるから覚悟しとけよー。じゃ!」

 

 華凛は言うだけ言ってバタバタと自分の席へ向かって行った。別に距離が離れてる訳でもないのだから静かに行けばいいのに。

 

「全く、相変わらず騒がしいやつ」

 

 谷口が呆れたように言う。言葉とは裏腹に彼が華凛に向ける視線は優しかった。……だけど、私はその様子に何とも言えない不安を感じた。言葉に出来ない気持ちに引っ掛かりを感じながらも、私は気持ちを切り替えるべく、席に着いた。

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