短編 双子の婚活 陰謀編

第1話 愛しのフェリックスさま

このお話は、ショートストーリーです。

舞台は、新たな聖都となったアルビオ。

時期は大陸が滅びから救済された、数週間後です。



*****


「──ねぇねぇ、アルヴィン。お願いがあるのだけど?」


 上機嫌な猫なで声が、黒髪の青年の足を止めさせた。

 そこは臨時の教皇庁となった、アルビオの大聖堂の一角だ。空気は慌ただしく、本来あるべき厳粛さは片隅に追いやられている。


 振り返った先で、天使の仮面を被った小悪魔な双子が、ニコニコと微笑みを浮かべていた。

 アルヴィンは、事件を直感した。

 

「──すみません、急ぎの用がありますので」

「どこに行くのよっ!!?」


 即座に離脱したつもりだったが、相手が悪かった。

 次の瞬間、左右から肩を掴まれ、アルヴィンは完全に動きを封じられる。


「あたしたちのお願い以上に、大事な用があるって言うの!?」


 ある。間違いなくある。アルヴィンは心の中で叫ぶ。 

 それに、急いでいるのは噓ではない。


 ──大聖堂の様子を見れば、誰だって分かるのではないか?


 アルヴィンはうんざりした思いで、視線を巡らせる。 

 聖堂は礼拝用の長椅子が全て撤去され、だだっ広い空間に、書類や祭具の入った箱が山と積まれていた。


 旧聖都が放棄され、アルビオに遷都されてから日は浅い。

 片付けるべき仕事が、文字通り山ほどある。

 あの欲と怠惰の化身のような枢機卿ウルベルトでさえ、忙殺されているほどなのだ……


 だが、周囲の殺気立った慌ただしさなど、双子には些事だったらしい。

 アリシアは朗らかな笑顔を崩さず、薄いピンク色の唇をアルヴィンの耳元に近づけ、ささやいた。


「あなた、プロムのこと覚えてる?」

「プ……プロっ!?」


 脳裏にクリスマス・イブの悪夢が再生され、アルヴィンの表情が凍りついた。 

 このタイミングで、なぜプロムナードの話題が出てくるのか。

 もしかして双子は、何かを掴んだのか……?


 最後のティタニアは額に汗を浮かべ、頬を引きつらせながら問う。


「……アリシア先輩。プ、プロムと申しますと……?」

「フェリックスさまが、戻っていらしたのです!」


 跳ねるようにして興奮気味に答えたのは、エルシアである。

 頬をうっすらと紅潮させた様は、たいそう可憐だ。


「……フェリックス……?」


 予想外の言葉が飛び出して、アルヴィンは目をしばたたかせる。

 話が読めない。


 それに、フェリックスが戻ってきた──その表現は、少しばかり正確さを欠く。

 旧聖都での枢機卿らとの死闘、そしてアルビオへの遷都、常に彼はいた。ずっと近くにいたのだ。


 ──フェリシア女史として。(双子は正体を知らなかったが)


 その彼が、フェリックスに戻ったのは数日前のことである。

 彼女が彼に戻った原因は、アルヴィンと、ダークブロンドの佳人が恋仲になったからに他ならない……

 責任を取れるかどうかは別として、身を退いた彼に、申し訳なさを感じないわけではない。


 アルヴィンの当惑をよそに、アリシアは続ける。  


「あなた確かプロムの時、フェリックスさまをお誘いに行ったわよね? 面識があるはずね?」

「ま、まあそうですね……」 


 嫌な予感がして、アルヴィンは言葉を濁す。

 対して双子は、花の咲いたような笑みを浮かべ、声を弾ませた。


「好都合だわ♪ アルヴィン、フェリックスさまをお誘いして、お食事会をセッティングなさい!」

「食事会……ですか!? どうして僕が!?」

「自分だけ幸せになって、あたしたちに申し訳ないとは思わないのっ!?」


 双子は眼光を鋭くすると、アルヴィンの鼻先に指を突きつけた。

 そこを突かれると、アルヴィンとしてもツライものがある。


 もし双子とフェリックスが結ばれれば、それは喜ばしい……かもしれない。だが一方で、拭いきれない不安がある。

 幸せになって欲しいとは、心から思うが……


 アルヴィンはしばし黙考し、迷いながら首肯した。


「──分かりました。フェリックス……さまに声をかけてきます。ただし、僕も同席させてもらいます。それでも良いですか?」

「もちろんよ♪ ぬかりなく準備しておくから、安心なさい!」


 双子は胸を張ると、自信満々に断言する。

 ぬかりなく、その一言に、アルヴィンは何かが引っかかる。

 後から考えれば、もっと疑うべきだったのだ……このお食事会が、とんでもない大惨事を招くのだから……


 そして柱の陰から盗み聞きし、厳しく睨みつける視線に、三人は気づいていなかった──


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