第104話 光の先へ

 世界が白く灼熱した。

 光の奔流が地下を満たし、激しく渦巻いた。


 すべては一瞬だ。

 だが、その一瞬は……何もかもがゆっくりと、苛立ちさえ覚えるほどに緩慢だった。

 アルヴィンは目を見開き、最後を見届けようとする。


 神へと閃光が走る。半拍を置いて、グングニルが形を失う。

 ドロドロに解け落ち──力を使い切ったのだろう──足元の泥と混ざり合い、見分けがつかなくなる。


 放たれた雷撃は、今まさに聖櫃の外へ飛び出そうとする神を、正確に射抜いた。

 そこに、破滅的な輝きがつけ加えられた。


 原初の魔女たちが、残された魔力のすべてをぶつけたのだ。

 アルヴィンは手で顔を庇い、指と指の僅かな隙間から、それを見た。聖櫃へと吸い込まれ消える、神の姿を──

 封印されまいともがき、四方に手を伸ばし、原初の魔女たちを道連れにしていく──


 それ以上、正視することはできない。

 光が獰猛な嵐となって荒れ狂った。

 世界から音が消えた。

 熱風が押し寄せ、皮膚を焼く感覚だけが感じられる。


 そして──


 光が消えた。

 唐突に、地下に漆黒の闇と静寂が戻る。

 何も見えない。自身の鼓動だけが、うるさいほどに聞こえる。

 やがて視力が回復し……アルヴィンは小さくうめく。神はどこにもない。原初の魔女たちもだ。


 全身の痛みに顔をしかめながら、立ちあがる。

 見あげた虚空には、訪れたときと何の変わりもなく、聖櫃の扉が浮かんでいた。

 聖櫃は──ピタリと、閉じられていた。

  




◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 

「──ほんっと、しつこい連中ねっ!!」


 アリシアが苛立ちを、薄暗い路地に残響させる。

 後ろにさがろうとした背中が、石壁にぶつかった。逃げ場はもうない──


 双子は、人気のない路地裏へと追いつめられていた。

 対するのは百を超える──数えるのも馬鹿馬鹿しくなる──神兵の一団だ。

 いかに向かうところ敵なしの双子といえど、状況は悪い。


 短剣は折れ、残弾もない。教官たちとも離ればなれだ。

 控えめに言っても、絶体絶命である……


「──来るわよっ!」 


 アリシアが歯ぎしりし、声を絞り出す。

 それもこれも、市民が待避するまで死守しろという、強欲男の無茶ぶりのせいだ。

 奮戦もここまでだ。


 二翼を持ち、光り輝く神兵たちが、槍先を一斉に双子に向けた。

 精密機械のように正確な、一糸乱れぬ統制された動きだ。逃げる隙などない。

 神罰は、背教者へ速やかに下される。


 死を覚悟し、アリシアとエルシアは互いに手を握り合う。

 殺意が殺到した。無慈悲な煌めきが双子を刺し貫き、したたった鮮血が、神聖な聖都の地を汚す。


 その──寸前だ。


 強烈な閃光が、空へ向け走った。

 神が大地に穿った巨大な穴から、輝く柱が立ち昇った。


「────!!」


 神か悪魔か。どちらの力が作用した結果であるにせよ──光は、突撃を急停止させる力があった。

 双子を貫く直前で、槍先がピタリと静止する。 


「──様子がおかしいですわっ!」


 エルシアが驚きの声をあげた。

 これまで神兵たちから、一切の感情を見出すことはできなかった。

 だが──爆発的に膨れ上がる、何かが感じられる。

 それは、苦悶だ。


 声なき絶叫が、聖都の空気を震わせた。神兵らに異変が生じた。

 輪郭がぼやけたように見えた直後……その身体が、風船を割ったように弾けたのだ。 

 光りの粒子が飛散する。破裂は連鎖し、双子を取り囲んだ死の包囲網が、光へと還っていく。


「な、何があったのよ……?」


 アリシアは、当惑せずにはおれない。

 たちまち周囲は、黄金色の輝きで満ちた。まるで数万匹のホタルを放したかのような、幻想ささえある。

 まったく理解が追いつかない。


 つい先刻まで、血なまぐさい死闘を繰り広げていたはずである。

 何が起きたというのか──


「決まっていますわ!」


 エルシアが肩を叩いた。

 視線を交わし、アリシアははたと気づく。

 理由など、ひとつしか考えられないではないか。声が弾んだ。


「それって……!?」

「そうなのです! アルヴィンが、滅びを食い止めたのですわっ!」

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