第101話 大陸か、彼女か

 クリスティーは、落ち着いた口調で続ける。


「三年前、アルビオに原初の十三魔女オラージュが現れた時、話したわよね? 母が不死を達成した時、姉たちとある契約を交わしたわ。それは、母の身に危機が訪れた時、守護をすること。契約は、私にも引き継がれて──」 

「ダメだ!」


 叫び声が、クリスティーの言葉を遮った。

 何を言わんとしているか──アルヴィンは不意に悟った。

 彼女のやろうとすること、それを決して認めてはいけない。そう直感する。


 クリスティーは静かに、どこまでも淡々と宣告する。


「──アルヴィン、私を撃ちなさい」


 絶望的な響きが、アルヴィンの心を揺らした。

 クリスティーは、覚悟を込めた眼差しを向けてくる。


「私が瀕死になれば、原初の十三魔女を喚び出すことができる。伯母たちの力があれば、神を封じられるわ」

「ダメだ! 原初の魔女に理性など残っていないのだろう? 喚び出したところで、事態を悪化させるだけだ!」

「でも今は、母がいる」


 閃光が、背後で瞬いた。

 クリスティーは神と対峙する白き魔女を見やり、目を細める。


「三年前、わたしの声は伯母に届かなかったわ。でも、母になら従うかもしれない」

「そうだとしても……君が、そこまでする必要がどこにあるんだ!?」

「私は、白き魔女の娘ですもの」


 彼女は、さも当然のことのように断言すると、再び視線を聖櫃へと注いだ。

 神は既に、白き魔女の眼前にまで迫っていた。


 光熱波が通じないのなら、握りつぶそうというのだろう。腕が伸び、光り輝く掌が迫る。

 その刹那。


 防戦一方だった白き魔女が、初めて攻勢に転じた。指が虚空に、白く輝く軌跡を描く。

 生み出されたのは、小さな光輪だ。

 それは海を漂うクラゲのようで、神と渡り合うには、あまりにも頼りなく見える。ゆっくりと巨人へと近づき……触れるや、泡のように弾けた。 


 一瞬の、静寂。


 これまでで、最大規模の爆発が生じた。

 光が光を塗りつぶし、轟音が轟音を上書きする。

 猛烈な震動は、聖都ばかりか、地軸さえも揺るがしたように思えた。 

 アルヴィンとクリスティーは身を伏せ、ただ爆風に耐えるしかない。 


 やがて閃光が消え去り、世界が色を取り戻す。

 アルヴィンは目を開け……呻いた。


 神は未だ、聖櫃の前にいた。あれほどの爆発を受けたにもかかわらず、健在だ。

 僅かに後ずさった程度の変化しか見いだせない……


 白き魔女が、さらに光輪を生み出す。

 結果は同じだ。再び起きた大爆発は、神に何の痛痒も与えたように見えない。


「──アルヴィン」


 クリスティーが、アルヴィンに顔を近づける。


「母が押し返そうとしている……でも力が足りないわ。時間がない、チャンスは一度きりよ」


 彼女の双眸には、揺るぎない決意の光がある。それは──死を覚悟した者の目だ。

 立ち上がり、アルヴィンに向かって両手を広げる。


「一体だけじゃダメ。できるだけ、多くの原初の魔女を喚び出す必要があるわ。殺す気で撃ちなさい」

「馬鹿を言うな!」

「馬鹿くらい言うわよ」


 アルヴィンが堪らず叫ぶが、クリスティーは一歩も譲らない。二人は睨みあう。

 内心で、アルヴィンは歯ぎしりする。


 なぜ彼女なのか。なぜ彼女が犠牲にならなくてはいけないのか。

 そしてその運命を、当然のように受け入れている彼女にも、腹が立つ。


 血が滲むほどに、拳を握りしめる。


「ダメだ! 他に……他に、手があるはずだ!」

「ないわ。これが唯一、大陸を救う手段よ。私たちがやらなくちゃ、大陸は滅ぶ」

「そうだとしても──ダメだ! 君を撃つことなどできない!」


 そう叫んだ、刹那。

 視界が激しくぶれた。 

 意識が一瞬飛び、泥の中に転倒する。死角から飛んだ水の鞭が、アルヴィンを打ち据えたのだ。


「……意気地なし…………」


 小さな呟きが聞こえたような気がした。

 彼女はアルヴィンの祭服から、黒く光る何かを取り上げた。

 それは──拳銃だ。


 銃口を自らの胸に当てる。


「よせ! よすんだ、クリスティ-!!」


 アルヴィンは絶叫した。

 泥に足を取られながら立ち上がる。伸ばした手は、空を切った。

 遅かった。全てが手遅れだった。


 銃声と共に、クリスティーの身体が崩れ落ちた。

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