第100話 たったひとつの解法

 眩いばかりの光が、地下を真昼に変えた。

 アルヴィンは頭上を見あげ、言葉を失った。

 神が──頭部を失った神が、地下へと舞い降りてくる。


 まさに神の降臨とでもいうべき、神々しく、そして畏ろしい光景だ。 

 身体を震わせ、思わず跪きかける。


「違う──まだだ!」


 声をあげ、アルヴィンは自身を叱咤した。

 今ここで首を垂れるのは、死を受け入れるのと同じだ。全てを終わりにするには、早すぎる。


 だが……強く、唇を嚙む。ステファーナでさえ敵わなかった神に、抗う手段などあるのか──

 頭上で、強烈な光芒が煌めいた。


 地下に第二の太陽が出現したと、錯覚するほどの光と熱が発せられた。

 神の掌から、膨大な光熱波がほとばしる。轟音が耳をつんざく。

 狙いは──聖櫃の入り口に佇む、白き魔女だ。


 一直線に伸びた光線は、寸前で到達を阻まれた。白き魔女が腕を振るや、ほぼ直角に軌道を曲げられ、地底湖に突き刺さる。

 爆音と共に湖水が吹き飛ぶ。黒い湖面が一瞬で沸き立ち、おびただしい蒸気と共に、熱風が押し寄せる。

 さらなる地響きが続く。


 神は、ついに地下の底面に達した。

 その間も光熱波は間断なく放たれ、両者の間合いはじりじりと詰まる。


 攻防は、ほぼ一方的な展開となった。白き魔女は、一切の反撃をしない。

 いや、できないのか。光熱波を、いなすことで精一杯に見える……

 アルヴィンは悄然とした面持ちで、うめき声を漏らす。 


「白き魔女の力をもってしても……無理なのか……」

「いいえ。手なら、まだあるわ」


 力強く断言したのは、肩を並べて立つクリスティーだ。

 アルヴィンはその横顔を、まじまじと見る。

 苦し紛れの虚勢、ではない。


 絶望的な状況下にあっても、彼女の眼差しは毅然として、諦めの色は微塵も感じられない。

 白き魔女と神の攻防から視線を外さず、クリスティーは言う。


「言ったわよね? 母と大陸、どちらも救う方法があるって」

「……何を考えている? 神を滅ぼすなんて、不可能だぞ」


 アルヴィンは呻く。同時に、地下に降りる時、手だてがあると彼女が話していたことを思い出す。

 だがステファーナは敗れ、白き魔女は押されている。これ以上のカードを見出すことなどできないが……


 熱風にダークブロンドの髪を揺らしながら、クリスティーは凜とした口調で告げた。


「そうね。滅ぼすのは無理でしょうね。でも、封じ込めることならできると思わない?」

「封じるだって……?」


 アルヴィンは眉根を寄せた。

 神を滅ぼすのではなく、封じる。


 それは思いもしなかった解法だ。

 だが、根本的な問題がある。神を封じられる空間が、聖都のどこにあるというのか。

 圧倒的な破壊力を持つ神の魔法に、耐えうる代物など、あろうはずがない。


 ──いや……そうだろうか……?


 アルヴィンは、ハッとする。

 あるではないか。それも、すぐ近くにだ。


「──聖櫃か!」 


 虚空に浮かぶ扉を見やり、声をあげる。

 クリスティーはアルヴィンを見やり、笑みを浮かべた。


「そうよ。聖櫃に封じるの。あそこは、いかなる魔法の干渉も受けつけない、特殊な場所よ。逆に言えば、どれほど強大な魔法でも、中に封じれば、コップの中の嵐と同じ。神とて、例外じゃないわ」


 彼女の声が、確信を帯びる。


「母も、私と同じ考えのはず。敢えて反撃せず、神を聖櫃に引きつけているのよ」


 神を聖櫃に封じる──それは彼女の言うとおり、大陸を救う唯一の手段なのかもしれない。

 だが、拭いきれない懸念がある。


 魔女と、比べものにならない力を持った神を、聖櫃にどうやって封じるのか。 

 失敗は、大陸の破滅を意味するだろう……


「本当に……神を、封じられるのか? 白き魔女の力だけで?」


 アルヴィンは、硬い表情のまま問う。


「──三年前のこと、覚えている?」


 不意にクリスティーが話を変えた。

 この緊迫した空気の中で、昔話をしたいわけではあるまい。

 訝しげな表情を作ったアルヴィンに、彼女は決意を宿した碧い瞳を向ける。


 理由は分からない。分からないが……アルヴィンの胸のわざめきは、抑えようのない大きなものとなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る