第81話 七人の教官とオルガナ

 アリシアは目を疑った。

 窮地を救ったのは……見間違いようがない。学院時代、浅からぬ因縁があった教官、ヴィクトルだ。

 と。

 短剣と同様、彼女自身にも限界がきていたらしい。フッ、と足の力が抜けた。

 地面に倒れかけたアリシアを、ヴィクトルが腕を引いて支える。


「跪くな。審問官なら立て」

「……自分は遅れてきたクセに、人には厳しいのね……」

「聖都に向かう途上、待ち伏せを受けたのだ。遅れすぎなかったのだから、許せ」


 愛想の欠片もない口ぶりは、相変わらずである。

 アリシアは、ヴィクトルの腕を邪険に振りほどいた。


「まだよ……」


 魔女はグラキエスだけではない。戦いが終わったと安堵するのは、早すぎる。


「まだ終わってないわっ。エルシアを助けないと!」

「その必要はない」

「何ですって!?」


 憎らしいほど淡々とした態度に、アリシアは片眉をつり上げた。

 猛然と掴みかかろうとして……ヴィクトルが無言で指さした方向を見やり、意味を理解する。

 ──勝敗は、既に決していた。


 援軍はヴィクトルだけではなかった。

 黒い外套の一団によって、魔女たちは動きを封じられていた。

 エルシアは──無事だ。

 ホッと胸をなで下ろし、遅ればせながらアリシアは気づく。


 双子を救った男らの顔に、見覚えがある。当然である。

 射撃術のリノ教官、剣術のアルベルト教官、教会史のゼフィリオ教官……ヴィクトルを含め、七人いる。

 その全てが、オルガナの教官なのだ。 


「流石ですわ、ヴィクトル」


 そこに、品の良い、朗らかな声が響いた。

 七十代前後だろうか……小柄な老女が立っている。

 つい先刻まで、殺伐とした命のやり取りが行われた現場にあって、明らかに場違いな雰囲気である。

 白髪の老婦人は、ヴィクトルに微笑みかける。


「安心しました。現役時代を彷彿とさせる身のこなし。カミソリのヴィクトルは健在のようですね」

「よしてください、トワイライト婦人」


 賛辞を贈られて、ヴィクトルは苦々しげに首を振る。


「我々は、もっと早く決断すべきだったのです。……この子らに、無理を強いる必要もなかった」

「言ったはずですよ? 未来を掴むのは、若者たちの仕事です」

   

 婦人は穏やかに告げると、碧色の双眸を聖都の中心部へと向けた。

 視線の先に、黒煙をあげる白亜の教皇庁がある。


「滅びの回避を選択できるチャンスは、一度きり。ですが彼らなら、やってのけるでしょう」


 その口調には、予言めいた響きがある。

 一体何を言わんとしているのか……双子には分からない。 

 この老婦人が何者であるかさえ、見当もつかない。


 いや──エルシアは、トワイライト婦人の名に、僅かな違和感を覚えた。

 その顔に、見覚えはない。だが手繰り寄せた記憶の糸に、何か引っかかるものがある──


「そうですわ!」


 はたと思い当たり、エルシアは声をあげた。

 まじまじと、婦人の顔を見つめる。


「トワイライト婦人……オルガナの寮母ですわ! どうして聖都にいるのです……!?」

「寮母ではない」


 語尾を、尊大な響きが遮った。

 声を発したのは、アーデルハイトだ。左右から頭に拳銃を突きつけられて尚、余裕に満ちた態度を崩さない。


「ようやく、お出でになられましたわね」


 魔女の当主を統べるアーデルハイトは、慇懃に、老婦人へ一礼をほどこす。 

 それが、ただの寮母に対する礼節を超えていることは明らかだ。 

 続いた言葉に、双子は驚愕した。


「お久しぶりでございますわ──星宿の魔女、オルガナ」

「魔女……っ!?」


 双子は咄嗟に身構える。

 対して教官たちは、微動だにしない。表情からは、動揺の欠片も見いだせない。 


 ──どういうことなの……。オルガナの寮母が、魔女……? 教官たちも知っている……?


 双子の困惑は深まる。 

 老婦人は謎めいた微笑みを浮かべ、静かに魔女と視線を交わした。


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