第68話 枢機卿ウルベルトと円卓の騎士
「──成金趣味というか、いちいち悪趣味な屋敷よね」
広間に入っての第一声からして、アリシアには容赦がない。
険しい視線の先には、水瓶を手にした黄金の裸婦像がある。
煖炉のマントルピースには、凝った装飾が施されていた。
よくよく目を凝らすと、骸骨と翼、やけに仰々しい剣のレリーフとなっており「なんだか青春の墓場みたい……」というメアリーの呟きが、妙にしっくりくる。
「誰にも迷惑をかけておらんのだから、放っておいてもらおうか」
聞こえていたのだろう。
屋敷の主が、大いに憤慨しながら返答をよこした。
アームチェアに、不機嫌にふんぞり返る肥満体の男を、アルヴィンは見やる。手にはルビー色の液体を、なみなみと満たしたグラスが握られている。
ウルベルトが、自分を救うために尽力したらしい……ということは、双子から聞かされていた。
だが、いざ対面して感謝の言葉を述べることはない。
相手は計算高い合理主義者なのだ。礼など言おうものなら「もっと金になるものをよこせ」と、鼻で笑われるだけだろう。
アルヴィンは、速やかに用件に入る。
「枢機卿ウルベルト、お話とは?」
「まずは座れ。時間が惜しい」
部屋には、天板が黒鏡のように磨き抜かれた、大きな円卓がある。
ウルベルトに急かされて、一同は椅子を引いた。
入り口から最も離れた席に、枢機卿ウルベルトが鎮座する。
瀕死のアルヴィンを果敢に救い出し、隠れ家まで提供した、功労者であり支援者だ。
そのはずだが……脂ぎった欲深な眼光が、正当な評価の邪魔をする。
ある意味、損な男である。
そこから時計回りに、金髪碧眼で、ネモフィラの花を思わせる可憐な審問官、アリシアとエルシアが着席する。
澄ました顔は、妖精のように見目麗しい。
ただし……その内面には、ハリケーンが一ダースほど潜んでいることを忘れてはならない。
外見に惑わされると、手痛い代償を払わされることになる。
双子の隣には、エレンが座る。
ボブカットの少女は、クリスティーの忠実な、そして優秀な助手だ。
処刑人と対等に渡り合う、射撃スキルと度胸を持つ。
少女が敬愛してやまないクリスティーは、その隣で優美に足を組んだ。
きらきらと艶めくダークブロンドの長髪が、腰のあたりで揺れる。
眼差しは、何人にも手折ることのできない、気高さを感じさせる。
彼女は、歴史上、唯一不死を達成した魔女──白き魔女の娘だ。
そしてアルヴィンは、審問官アーロンの息子だ。
黒髪の青年は、クリスティーの隣で思いを巡らせる。
かつて同じ志を持ち、手を組んだ魔女と審問官の子女が、肩を並べる……これは、何か運命のようにも思えた。
この先にどんな困難があるかは分からない。
だが、彼女となら乗り越えられる──アルヴィンは、そう思う。
彼の左隣の席は、一悶着あったようだ。
ライバルを押しのけ、鼻息荒く座るのは赤毛の少女だ。
落ちこぼれ学院生であるメアリーは、完全に戦力外である。
だが、アルヴィンの呪傷を解いたのは、他ならぬ彼女だ。
一同の中で、最も強運と潜在能力を秘めた、切り札であるともいえた。
足元には、忠実な騎士のように、黒猫のルイが控えている。
メアリーとは対照的に、ふてくれさた顔をするのは、ベネットだ。
オルガナを首席で卒業しただけあって、少年の能力は高い。
そして、この数日間の濃密すぎる体験が、使命に目覚めさせた。
今やアルヴィンにとって、教え子以上の頼もしい仲間である。
最後に、まるで天使のような顔立ちの少女が腰掛けた。
枢機卿エウラリオの孫娘、ソフィアである。その双眸には、聡明な光を宿している。
円卓に集ったのは、以上の九人と一匹だ。
さながら広間は、凶悪な背教者たちの、臨時司令部の様相を呈している。
いや……参加者は、もうひとりいた。
部屋の隅にリベリオの姿を認めて、アルヴィンは驚く。
二人の間に横たわる因縁は、少々複雑で根深い。
リベリオは、師ベラナの仇であり、ベネットを罠に陥れた卑劣な男だ。
対してアルヴィンは、架空の魔女を作りだし連続殺人に手を染めた、リベリオの兄を粛正した。
つまり、互いが仇なのだ。
その相手が、両手両足を縛られて床に転がされている。
何があったのかは……聞かなくとも、おおよそ想像はつく。
「そろったな? 始めるぞ!」
野太い声が発せられ、アルヴィンは意識を正面に戻した。
一同の視線を受け、ウルベルトは高らかに宣言する。
それは、事態の急転を告げるものだ。
「よく聞け! 今夜、教皇派は決起する。──魔女ステファーナを拘束し、教皇猊下を目覚めさせるのだ!」
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