第59話 オシオキの時間

 リベリオは顔をドス黒く染めあげると、虚勢を張った。


「お前ら! こんなことをして、タダで済むと思うなよ!?」


 それは悪人が使う、挨拶の定型文のようなもので、居合わせた一同の心に何の感慨ももたらさない。

 背教者たちの沈黙の意味を、勘違いしたのだろう。

 効果あり、と見たリベリオは、さらに下品にわめきたてる。


「さっさと俺を解放しろっ。貧民街は完全に包囲している! どう足搔こうと、お前らは逃げられ──」 

「ごちごちゃと、うるさい捕虜ね」


 虫けらを見るような無慈悲な眼光が、リベリオの舌先を急停止させた。 

 短剣を手に、アリシアはことさら冷たく笑って見せる。


「あなたに訊くこと、反省してもらうことが山ほどあるの。でも、協力しないのなら、拷問するだけ。みだりに舌を動かす前に、我が身を案じたらどう?」

「手始めに、舌を削ぐといいと思いますの。ペラペラと良く回る二枚舌、一枚減らせば、更生するでしょう」

「それもそうね」


 それは演技なのだろうが……双子は顔を見合わせ、互いに酷薄とした笑みを浮かべる。

 不吉な刃の輝きが迫り、リベリオは「ひっ」とうめきを発した。


「残念ね。あたしたちは温厚な平和主義者なのだけど、今日だけは主義を返上しないといけないみたい」

「や、やめろっ!」

「どうして? 殉教は最大の悦びなんでしょう? 願いを叶えてあげるだけよ?」


 つい先刻、自身が発した言葉を痛烈に皮肉られ、リベリオは顔を引きつらせる。


「お、お前らは曲がりなりにも聖職者だろう! 理不尽な暴力を振るって、恥ずかしいと思わないのか!?」


 ベネットは、心底呆れる他ない。

 部下もろとも診療所を吹き飛ばしておいて、理不尽がどうこう、よく言えたものである。 


「ご立派な主張ですわね。言いたいことはそれだけです?」

「じゃあ、もういいのね? 処刑ね」

「まっ、待てっ! 待ってくれっ!」


 断末魔に似た悲鳴があがった。

 自称平和主義者が、問答無用で短剣を閃かせる。


「大丈夫! 痛くしないから♪」

「噓をつけえええええええっっつ!!!」


 リベリオの描いた復讐劇は、無惨なフィナーレを迎えた。

 そもそも台本からして無理があった。

 双子はリベリオにとって──天敵、なのだ。


 どんな汚い手を使おうが、勝てるはずがないのである。

 恐怖に震え上がりながら、みじめたらしく哀願する。


「許してくれ! お、俺は老人どもに命令されただけだ! 本当は戦いたくなかった!」

「噓おっしゃい! 嬉々として槍を振っていたクセに!」

「やっぱり舌を削いだ方が良さそうですわね」

「何でも協力する! 殺さないでくれ! 頼むっ!!」


 いい年をした中年男が、嗚咽しながら少女の脚にすがりつく。見苦しいこと、この上ない。

 ちらりと、双子から向けられた視線に気づいて……ベネットは頷いた。 

 リベリオが、本心から改心するとは、とても思えない。

 その場しのぎの言葉を信じれば、早晩、寝首をかかれるだろう。


 だが──教会の裏を知るこの男は、利用価値がある。


「──先生」


 と。

 尋問の成り行きを見守っていたクリスティーに、エレンが近づいた。 

 手に、小さく折った紙片が握られている。


「先生、これを」


 紙片を受け取り、開く。

 ややあって、クリスティーは重々しい口調で告げた。


「みんな訊いて。アルヴィンの足取りが掴めたわ」


 その場にいた全員が、ハッと注視した。

 ベネットは、クリスティーの表情がかげったことに気づき、不安を覚える。 


「……本当なのか?」

「言ったでしょ? 私には協力者のネットワークがあるの。彼によく似た男を見たそうよ。ただし、深手を負っていると」

「なんだって!?」


 ベネットは、頭を殴られたような衝撃を受けた。 

 師と向き合おう、そう決意した矢先の凶報である。 


「アルヴィン師に何をしたんだ!?」


 地面にへたりこんだリベリオの胸ぐらを、猛然と掴む。

 あの師が、深手を負うなど……よほど卑怯な、だまし討ちに遭ったとしか思えない。


「し、知らんっ。俺は何も知らん! 本当だ!」


 酸欠状態の金魚のように、リベリオは口をパクパクと開閉させてあえいだ。

 その言葉に、偽りはない。……そう感じ取れる。 

 呆然とした少年の肩に、アリシアが手を置いた。


「急いだ方が良さそうね。すぐに動くわよ」


 早々に結論づけると、リベリオを一瞥する。


「なんでも協力してくれるのですって? だったら立ちなさい。一働きしてもらうわよ」


 哀れな捕虜に、拒否権などなかった。





 貧民街は、処刑人によって封鎖されている。

 だが街は広く、リベリオの配下だけでは手に余る。

 実際の任にあたるのは、地方から急遽招集された審問官たちである。 

 状況もろくに知らされず「貧民街から、誰ひとり外にだすな!」と頭ごなしに命じられただけで、彼らにしてみれば実に面白くない。


 その審問官らの前に、とある一団が現れたのは、夕刻近くになってのことだ。 

 四人の処刑人、である。

 ひとりは、にぶく光る赤い槍を持っている。


 小柄な処刑人に両脇を抱えられたリーダー格らしき男が、顔を引きつらせながらわめいた。


「俺は審問官リベリオだ! ここを通せ!」


 男の頭髪は乱れ、白の祭服は血と泥で汚れている。まるでボロ雑巾である。

 背後には貧民街の住人だろう、ダークブロンドの女と、二人の少女の姿があった。

 ──この集団は、何かがおかしい。

 審問官の直感が働いた。


「──後ろの者たちは?」

「関係者だ」

「教皇庁に確認いたします故、しばしお待ちを」

「出しゃばるな!」 


 途端、リベリオは目を血走らせ噛みついた。


「お前たちは命令どおり、持ち場を固めておきさえすればよいのだ! 身の程を弁えろ!」

「も、申し訳ございませんっ!」

 

 口汚く当たり散らす様は、絵に描いたような小物である。だが、行く手を遮っていた審問官は飛び退いた。 

 枢機卿の私兵であり、得体の知れない不気味さを漂わせる処刑人たちは、教会内のタブーだ。

 怪しいのは事実だが……下手に不興を買う方が恐ろしい。


「さすが処刑人さまのご威光は、絶大ですわね」


 リベリオの背中に拳銃をつきつけたエルシアが、皮肉たっぷりに笑う。

 こうして教会に反旗を翻した六人と捕虜一人は、まんまと包囲をくぐりぬけた。


 一行は走り出す。石畳に落ちた影は長い。

 聖都に、黄昏が迫っていた。

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