第58話 小悪魔 対 小悪党

 脳裏に、三年前の悪夢が蘇った。

 審問官アリシアと、エルシア。

 可憐な少女の皮を被った小悪魔たちは、かつてアルビオで剣を交え、完敗を喫した怨敵である。


 自尊心を粉々に打ち砕かれた屈辱を、忘れようはずがない。

 もはやトラウマと言ってもいい。


 だが──動揺は、一瞬だ。 


 リベリオとて、暴力のプロフェッショナルとしての自負がある。

 そしてグングニルの力は強大だ。恐れる必要などないのだ。 

 むしろこれは、復讐の好機ですらある。


「来い! 決着をつけてやる!」


 リベリオは槍を振りかざし吼えた。

 因縁の戦いの、幕が切って落とされた。


 両手に短剣を持ったアリシアが、一気に間合いを詰める。 

 短剣と、槍の戦いである。

 冷静に考えれば、リベリオに分がある。

 それだけではない。


 リベリオの槍捌きは、称賛に値するものだ。アリシアを巧みに牽制し、接近を許さない。

 鋭く突き、払い、時に斬りつける。

 どうやら、口先だけのサディストではなかったらしい。


 ただし──やられてばかりいる双子ではない。

 的確に攻撃をいなしながら、アリシアは、まるで剣舞のように軽快なステップを踏む。

 そこに銃声がつけ加えられた。


 乙女の柔肌を切り裂くべく繰り出された刃は、銃弾によって弾かれる。

 射撃したのは──エルシアだ。

 激しく動くアリシアの身体の僅かな隙間を、狙い撃ったのである。

 常人であれば、パートナーへの被弾を恐れ、尻込みするに違いない。


 援護を予想していたかのように、アリシアが反撃に転じる。

 要所要所で放たれる銃弾が、リベリオの槍を封じる。 

 アリシアが果敢に短剣で切り込み、エルシアが神がかった射撃で援護する。


 そこに、会話はない。  

 あるのは、絶対の信頼関係だ。

 これこそが、双子の真骨頂とでも呼ぶべき戦いであろう。


 つけ入る隙のない二人に、リベリオは苛立った。

 じわじわと迫るアリシアに、槍先を向ける。

 今こそグングニルの力を使う時だ。


 ただならぬ気配をアリシアは感じ取ったが、すでに回避するには遅すぎる。


「死ねっ!!」


 リベリオは勝利を確信し、哄笑した。

 必殺の間合いである。


 グングニルから生み出された光熱波が、アリシアへと殺到し、大爆発を引き起こす。

 ──そのはずだった。


「なぜだっ!?」


 目をむき、驚愕したのはリベリオの方だ。

 背教者を葬り去る正義の鉄槌は、振り下ろされなかった。

 槍の先端から、僅かに、弱々しい光が漏れ出たただけである。それは夜道の足元を照らす程度には、役に立ったかもしれない。


 一瞬生じた動揺が、命とりとなる。

 懐に飛び込んだアリシアが、拳を握った。その手には、銀製のメリケンサックが握られている。


「歯を食いしばりなさい、小悪党!」


 容赦のない一撃が、腹にめり込んだ。胃液が逆流する。

 身体をくの字に曲げ、リベリオは悶絶した。


 なぜ、光熱波は放たれなかったのか。

 ベネットには、おおよその見当がつく。

 圧倒的な力を持つグングニルだが──連続しては、撃てない。


 力をためるため、ある程度の時間を要するのだろう。

 リベリオは勝負を急ぎすぎた。敗因は、つまりそういうことだ。


「どれだけ強力な武器を持っていたとしても、結局は使う人間次第ね」


 地面に崩れ落ちた男を見下ろして、アリシアは冷淡に評する。

 リベリオは泥と屈辱にまみれ、部下たちもたちまち一掃される。


「審問官アリシア! エルシア!」


 声をあげて、ベネットは駆け寄った。

 見覚えのある顔を認め、双子は顔をほころばせた。


「奇遇ね、ベネット。処刑人を追ったら、あなたと再会するだなんて。……アルヴィンはどうしたの?」

「アルヴィン師は──」

「私たちも彼を探しているのよ」


 答えたのは、少年ではなく、ダークブロンドの女である。

 それが誰であるか気づき、エルシアは驚きの声をあげた。


「あなたは……クリスティー医師? 生きていたのですか!?」

「色々とあったの」


 クリスティーは軽く肩をすくめる。

 二人には、僅かだが面識があった。三年前、魔女の疑いをかけられ囚われた、水牢でだ。


 その直後に、上級審問官キーレイケラスとの死闘が起きた。彼女は鐘塔の崩壊に巻き込まれ、命を落としたはずだ。

 その後アルヴィンが、悲愴な思いで遺体を探し続けていたことを、双子は知っている。


 その彼女が、生きていた。

 ただの医師ではないことは、察していたが──


「あなたも、訳ありってことね」


 言いながら、アリシアは何気ない動作で道ばたの石を拾い上げた。そして、鋭く手首をひるがえす。

 路地の片隅で、ぎゃ! という、蛙を踏み潰したような悲鳴があがった。


 四つん這いになり、隙を見てリベリオが逃げようとしていたのだ。

 恥も外聞もなく、自分だけ助かろうとする性根には、呆れるほかない。


「どこへ行くというの?」


 冷ややかな眼光に射すくめられて、リベリオはすくみあがった。

 右肩の古傷が、急に疼き始めた。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る