第48話 黒い導き

 後輩というよりは、弟の方が近い。

 事実彼は、二人を姉のように慕っていたように思う。


 それはそうだ。学院時代は随分世話を焼いたし、勉強も教えた。

 慕って当然である。


 そんな弟分が──何の相談もなく聖都への転任を決めた時、ひどく驚かされた。

 何か事情があることは、薄々察していた。

 だから三年前、不死の魔女と対峙した仮面舞踏会で、わたしたちを頼れと、そう伝えたのだ。


 ──それなのに、何も分かっていない。


 あの、世界の悩みをひとりで背負い込んだような、辛気くさい顔を思い出すと、フツフツと怒りが沸いてくる。

 どうせ「お二人を巻き込むことはできませんから」とか、下らない気遣いでもしているのだろう。


 勘違いは、正さなくてはならない。

 強くて可憐で、優しい姉代わりがいることを、思い出させてやるのだ。 

 そしてついでに、魔女から押し付けられた難題を手伝わさせよう。


 双子は、心に強く誓う。

 その為には、一刻も早くアルヴィンを見つけ出さなくてはならない。 


 正門での騒動の後、三人の姿は市場にあった。 

 そこは外の張りつめた空気とは裏腹に、それなりの人手と商品で賑わっている。

 聖都は広大で、人口も多い。

 手がかりなく探しても、時間を浪費するだけだろう。


 教会の手を借りず、アルヴィンと合流したいところだが──

 アリシアは、隣で物珍しそうに露天を見やる、赤毛の少女を見やった。


「ねえ、メアリー。魔法でアルヴィンの居場所を探せないかしら?」

「無理です!」


 自信満々に、且つ即答、である。


「わたし、銷失しょうしつの魔法しか使えないですし! あっ! 今、あからさまにガッカリした顔をしましたね!?」

「そりゃあ……アルヴィンを捜す手間を考えたら、ガッカリくらいするわよ」


 肩をすくめるアリシアに、メアリーは、珍しく神妙な顔つきになる。


「魔法って、そんな便利なものじゃないのです。わたしは魔力が弱いので、他にも制約があるんです」

「制約……って、魔女が月夜でしか魔法を使えないような、かしら?」

「そうです! えーっと。魔法は、魔女の血と月の力によって行使される……だったっけ。それに加えて、わたしは手で触れた相手の魔法しか打ち消せないんです!」

「手で触れた、ね……」


 メアリーの力に制約があったとしても、驚きはない。

 だがアリシアは、呟きの途中で何かに引っかかる。

 廃教会で、魔女の当主たちと決裂した時、メアリーは氷の魔女グラキエスに触れ、彼女らを一喝したが──


「ちょっと待って! じゃああの時、魔法を封じられていたのは、グラキエスだけだった?」

「そうですけど」

「他の魔女は、魔法を使えた? あたかも全員の魔法を封じました、あなたたちの負けですから、みたいな口ぶりだったわよね?」

「ハッタリです!」

「はっ!?」


 胸を張って、どや顔で答えるメアリーに、アリシアは喫驚する。


「おばさまも、人生の困難の八割は、ハッタリでどうにかなると言っていました!」

「また、おばさま……」


 隣に立つエルシアも、二の句を継げない。

 猛然と、アリシアはメアリーの胸ぐらを掴んだ。


「正気なのっ!? あそこにいたのはね! 魔道の頂点に立つ、魔女の中の魔女たちだったのよ!?」 


 上下に激しく揺さぶられながら、メアリーは頭をガクガクとさせる。


「でも、上手く行きましたし♪」


 どこまでも危機感の薄い声が返されて、アリシアは手を離した。 

 怖いもの知らず、という意味では双子と同じなのだろうが……次元が違う。 

 頭が痛い。

 これ以上深く考えるのはよそう。


「……とにかく! アルヴィンを探すわよ!」


 一刻も早くアルヴィンと合流して、爆弾娘の世話を押しつけたい。

 魔法があてにならないのなら、地道に探す他ないが……さて、どうしたものか。


「アリシア、ちょっと」


 エルシアの耳打ちで、思索は中断された。

 目配せに気づき、さりげなく周囲の気配を探る。

 市場の様子は、日常と何ら変わらないように見える。


 だが注意を凝らせば……人混みに紛れて、審問官の姿が目につく。

 その中には、見知った顔もあった。


「……どうやら、わたしたち以外にも、大陸中から審問官が集められているみたいですわ」

「何の目的でかしら?」


 言って、アリシアは眉をひそめる。


 閉鎖された聖都の門、多数の火砲、そして審問官。

 平穏に感じられる聖都の水面下で、深刻な事態が進展している──そのことに、今更驚きはない。

 双子は周囲に気取られぬよう、視線と小声でやりとりする。


 そしてメアリーは、欠伸をかみ殺した。

 退屈、である。


 シンモンカンがどうのこうの、チンプンカンプンだ。

 小難しい話は苦手である。

 それよりも、絹織物や磁器の並べられた露天に興味が引かれ、歩き出す。


 キョロキョロと見回して、目が合った。

 商人でも、審問官とでもない。 

 黒い仔猫とだ。


「カワイイ!」


 メアリーは思わず目を輝かせた。

 青果を扱う露店の前で、仔猫が青い瞳を向けていた。

 親猫の姿はない。


 飼い猫、というわけでもなさそうだ。

 ……はぐれたのだろうか?


「おいで!」


 手招きをすると、仔猫は身を翻した。サッと、路地裏へ隠れてしまう。


「猫ちゃん!」  


 メアリーは駆け出し、後を追う。

 深刻な顔をして話す、双子を残して。





「──?」


 ややあって、異変に気づいたのは、エルシアだ。


「どうしたのよ?」


 急に黙り込み、辺りを見回すエルシアに、アリシアは訝しむ。


「メアリーの姿が見当たらないのです」

「え!?」


 驚きの声をあげて、視線を走らせる。

 傍にいたはずの赤毛の少女は、忽然と消えていた。

 悪意の接近は、なかったはずだ。

 もしあったのなら、とっくに双子は察知して、招かれざる客に丁重にお帰りいただいただろう。


 だとすれば……メアリーの意志で? 

 だが、なぜ?


「噓でしょ!? こんな短時間に、どうして!?」


 アリシアの悲鳴じみた叫びに、答える者はいない。

 こうしてメアリーは──聖都に到着して一時間としないうちに、迷子となったのだ。



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