第40話 魔女たちの蛮餐

  ──バン!

 と、張りつめた空気が音を立てて破裂した。


 双子が武器を抜く。

 立ち上がった魔女たちが、一斉に手を振りかざす。

 虚空に火球と雷球が生まれ、殺意の波動が空気を震わせる。

 聖堂は真昼のように明るく照らされ、破局が裏口より招き入れられた。


「正気なのっ!?」


 焼け落ちた屋根からのぞいた夜空を振り仰ぎ、アリシアは舌打ちに駆られた。

 廃教会を粉砕しかねないほどの氷塊が、落下しつつある。

 喚びだしたのは──怒りで見境をなくした、グラキエスだろう。


 魔女たちまでも押しつぶす氷塊を喚ぶなど、狂気の沙汰だ。

 もはや、拳銃や短剣でどうこうできる次元ではない。


 その時、何気ない足取りで進み出たのはメアリーだ。

 丸腰で、敵意の欠片もまとわない少女に、魔女たちは不意を突かれる。


 手が軽く、グラキエスの肩に触れる。


 メアリーがしたことといえば、それだけだ。

 だが、生じた変化は苛烈だ。


 禍々しいばかりの魔力が、瞬時に霧散した。

 頭上の氷塊も、消え去る。

 腰の力が抜け、グラキエスはへたり込んだ。  


「な……!」


 一瞬の自失から立ち直ると、魔女は叫ぶ。


「何をした!?」

「動くな!」


 普段の、天真爛漫な少女からは想像もできない、鋭い一喝が飛んだ。

 眼前で得体の知れない力を見せつけられ、当主たちが動きを止める。 

 双子も同様だ。

 両者が、赤毛の少女を注視した。


「──その力は?」


 声を発したのは、騒然とした聖堂にあって、ただひとり着座していたアーデルハイトだ。


銷失しょうしつの魔法、だったっけ。おばさまに教えてもらったの。とは言っても、わたしが使えるのはこれだけなんだけど」

「魔法……お前は、オルガナの後継者か?」

「さあ? 難しいことは分からないわ」


 メアリーの返答は、あっさりとしたものだ。


 アーデルハイトは、ほっそりとした顎に手をやると沈黙した。

 先ほどまでと、明らかに様子が違う。

 何かを、吟味しているように見える。


「ひとつ問おう。お前なら、この事態を収拾できると?」

「もちろんよ」


 毅然と胸を張り、メアリーは断言する。


「逆に、あなたたち魔女では、無理ね。だってほら、わたしみたいな小娘ひとり始末できないじゃない」


 少女の口調は、明らかに挑発的である。


「言わせておけば!」

「おやめ!」


 再びの激発は、アーデルハイトの冷然とした声によって封じられた。

 成り行きを見守っていた双子は、驚きを隠せない。


 頼りなげに見えた少女が──実は、当主らと対等にやり合うような、芯の強さを持っていたのだ。

 もっとも、ひとつ選択肢を誤れば、即殺し合いとなる状況だ。

 危うさに、ハラハラせずにはいられない。


 アーデルハイトは、口許に、薄く冷笑をたたえた。


「そこまで言うのなら、お前にチャンスを与えても良いだろう」

「チャンスって?」

「大陸は、破滅の瀬戸際にある」


 大陸の破滅……眉根を寄せた少女に向けて、魔女は淡々と続けた。


「不死は秩序に綻びをつくり、因果律を崩壊させる。結果、大陸に破滅がもたらされる」

「何が起きるっていうの?」

「現出」


 返答は短い。

 そして、それ以上を、銀髪の魔女は語らない。


「もはや、我らに猶予はない。聖都に潜入させた、幻惑の魔女エブリアから連絡が途絶えた。穏便な解決手段は潰えた。残された手段は──聖都を、消し去るのみ」


 アーデルハイトの表情からして、それが口先だけでないことは容易に知れる。

 信じがたい言葉に、アリシアが叫んだ。


「正気なの!? 聖都には大勢の市民がいるのよ!?」

「大陸の存亡に比べれば、些細なこと」

「──そんなこと、させないわ!!」


 双子は鋭い視線を放ち、再び武器を構える。

 決裂の半歩手前で、魔女は言葉を付け加えた。


「ただし──聖都へ赴き、ステファーナを抹殺すると誓うなら、猶予を与えても良い」

「馬鹿げてるわっ! 教会のトップを暗殺してこいっていうの!?」

「審問官の使命と、何ら矛盾せぬではないか」

「使命と? ……どういう意味なのです?」

 

 怪訝な顔で、エルシアが問う。

 だが銀髪の魔女は、赤い口紅を引いた唇をほころばせただけだ。回答を与える気など、さらさらないらしい。


「引き受けぬなら、お前たちを葬り聖都を消すだけだ。さあ、どうする」

「いいわ! やるわ!」


 跳ねるようにして、メアリーは答える。


「ちょっと!?」


 双子が上げた抗議の声を、意に介さない。


「その、エライ奴を倒してくればいいのね。いつまでに?」

「我らが、失敗したと判断するまでに。それは、明日かもしれぬな」


 魔女は薄く笑うと、手を振った。

 取引は成立、ということなのだろう。

 当主たちの姿が幻影のようにゆらぎ、姿を消し始めた。


 アーデルハイトはメアリーへと、冷たい光を投げ打った。


「──我らは、暴戻なる教会とは違う。だが、危機が迫れば厭わぬ。いつでも聖都を消し去れることを、忘れぬことだ」


 不吉な言葉を残し、最後にアーデルハイトの姿が消えた。

 同時に燭台の青い炎が消え、聖堂に静けさと闇が戻る。

 オイルランタンが足元を、頼りなげに照らした。


「メアリーっ!!」


 一瞬の間を置いて、双子は猛然とメアリーに掴みかかった。


「枢機卿ステファーナの暗殺!? 何、とんでもない厄介を引き受けているのよっ!」

「そうなのです! 相談もなく勝手に! それに、魔法!? あなた、魔女なのです!?」


 枢機卿の暗殺など、明確な反逆行為である。

 胸ぐらを掴まれ、上下左右に激しく揺すられながら、メアリーは人差し指を頬に当てた。


「えーっと。厳密にいうと魔女じゃないのだけど。わたしは呪いで魔女になったことがあったから、使えるって、おばさまが──」

「また、おばさまなのです!?」


 とんでもない手紙を託し、メアリーに魔法を教え、当主たちを呼びだした厨房のおばさまとは、一体何者なのか。

 確信はないが、魔女たちが口にした、オルガナと同一人物なのではないか……エルシアの頭をそんな考えがよぎる。


 そして学院の創始者もまた、オルガナだ。

 もしかして、それは──


「さあ、いざ、聖都へ出発なのです!」


 メアリーは、焼け落ちた屋根からのぞいた月を指さした。 

 聖都がそちらにあるのか……いや、適当だろう。

 アリシアが珍しく、嘆息する。


「乗り掛かった船だもの。仕方ないわね」

「まあ……そうですわね」 


 エルシアも、心底気乗りしない顔だ。

 聖都に着いたら、状況を整理する必要があるだろう。


 二人欠けた魔女の当主たち。

 会主の暗殺は、審問官の使命と矛盾しない。その言葉も、何かがひっかかる……


 そこで、聖都にはアルヴィンがいることを思い出す。

 元々、少女を保護したのは彼なのだから、手伝わさせよう。双子は心に固く誓う。


「さあ、大陸を救うために、ステファーナをやっつけるのです!」


 メアリーは声を弾ませて、高らかに宣言した。

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