第39話 オルガナの使者

 聖堂は、ただならぬ魔力と、非友好的な空気で満たされている。

 アーデルハイトは、列座した魔女たちを一瞥した。


「彼女らは、それぞれの系譜の当主たちだ」


 挨拶は交わされない。

 居並ぶ魔女たちは、閉じた目を開かない。

 下賎な人間とは、一切かかわりたくないと言わんばかりだ。


 原初の十三魔女の、末裔たち──その意味を解して、さすがの双子も表情を硬くする。

 原初の魔女とは、千年以上前に実在した、類い希な魔力を持った魔女の始祖たちを指す。


 彼女らは、姉妹であったという。

 その末妹が、白き魔女だ。


 末裔の当主たちが廃村の教会に、しかも、学院が呼び出したとは……


 ──とんでもない厄介を押しつけてくれたわね。


 アリシアは、ヴィクトルの顔を思い出し、心中で毒づく。

 目の前に着座する当主たちは、アルビオで相手にする魔女よりも遙かに格上だ。

 魔女の中の魔女、と言ってもいい。

 それが、十一人もいるのである。


「さあ、我らを呼びつけた用件を話せ。オルガナの使者よ」


 問いかけは、先ほどより強さを帯びて発せられる。

 駆け引きは細心の注意を払うべきだろう。

 慎重に、エルシアは言葉を選んだ。


「本当にあなたたちが、待ち人なのです? 学院が魔女を──それも、当主を呼び出した、と……?」

「煩わせるな!」


 唐突に、怒声が上がった。

 声を荒げテーブルを叩いたのは、最も手前に座した魔女だ。


「我らが、人間ごときの求めに応じるものか!」


 空気が凍てつき、瞬く間に息が白く変わった。

 魔女が拳を叩きつけた箇所を中心に、テーブルが凍りつく。


 ──この短気なご当主は、氷の魔女グラキエスの系譜ですわね。でも……十三魔女という割には、二人足りませんわね……?


 絶対零度の眼差しを双眸に宿した女を前にして、エルシアは表情を変えることはない。 

 心中で、冷静に推断する。

 グラキエスの声が、鋭さと冷たさを増した。


「散々待たせた挙げ句、我らを愚弄する気か。そもそも、オルガナからの呼び出しであったから参じたのだ。お前たちのような下賎がくるなど、聞いておらぬ!」

「それは奇遇ね。こっちも、魔女が待っているだなんて一言も聞かされてなくて、辟易しているところなの。それで、あなたたちを呼んだのは学院で間違いないのね?」

「我らを呼び出したのはオルガナだ!」

「だ・か・らっ! 学院でしょ!?」

 

 横から加勢したアリシアとグラキエスが睨み合い、不可視の火花を散らす。

 どうも話が噛み合わない。 

 エルシアは眉をひそめる。


 オルガナは、学院の通称だ。他に意味はない。


 いや、学院の創始者の名でもあるが……それは二百年も昔の話で、既に存命ではない。

 魔女たちの言うオルガナとは、何を意味するのか──

 エルシアが問おうとした、その刹那。


「あっ!」


 場違いな、あっけらかんとした声が、緊張した空気を破った。

 メアリーである。


「どうしたのです?」

「思い出した! おばさまから、メモをもらっていて……」


 言いながら、少女はブレザーのポケットをまさぐる。

 出てきたのは手帳サイズの聖書と、万年筆、銅硬貨が数枚、ガラス玉、それに飴玉、手鏡……よくこれだけ入れていたものである。

 双子は呆れ顔だ。

 ややあって、弾んだ声が響いた。 

 

「あった、あった♪」


 メアリーの手に、小さく折りたたまれた紙片が握られていた。

 几帳面な文字が書き込まれた紙を広げると、メアリーは魔女たちに向かって読み上げる。


「えーっと。……ハラショの魔女がナガアネ……、アーデルハイトの……スエ……スエ……?」

「マツエイ」


 横目で紙を覗き見たエルシアが、コソッと耳打ちする。

 付け加えるなら、ゲンショの魔女がチョーシ、が正しいのだが……いや、これ以上は何も言うまい。

 メアリーは手を叩いた。


「そう、マツエイ! アーデルハイトと、その他十人の当主に伝える!」


 左手を腰に当てると、大胆にも右手の人差し指をアーデルハイトに突きつける。

 慌てたのは、続きに目を走らせたエルシアだ。 

 

「ちょ、その先は読んだら駄目なのです!」


 制止は、残念ながら間に合わない。


「聖都から手を引け! さもなくば、お前たちを皆殺しにするぞ!」


 メアリーはドヤ顔で、物騒極まりない宣言をしてのける。

 ウインクし、ビシッ! とポーズを決めて、だ。


「ちょっと!?」

「何を言うのです!?」


 双子は声を上ずらせた。

 おばさまとやらは、何を考えているのか。

 紙にはご丁寧に”最後にウインクとポーズを決める”とまで、書いてある。


「──そんな戯れ言を伝えるために、我らを呼び出したのか?」


 魔女たちが目を開き、立ち上がる。 

 殺意の奔流が、瞬く間に氾濫危険水位を越え溢れ出した。


「もう! 結局こうなるのですわねっ!」

「こっちの方が、あたしたちらしくていいじゃない!」


 アリシアが短剣を、エルシアが拳銃を手にする。

 こうなれば、なるようになれ、である。 

 血なまぐさい、蛮餐の幕が上がった。

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