第38話 廃教会の待ち人

 無敵を自任する双子にとって、取るに足らない任務である。

 物足りなさすらある。

 馬車を降り、アリシアは黒々とした闇の向こう側に、かすかな輪郭を見出した。


 コールド・スプリング── 


 十年前、大火によって放棄された廃村。

 三人を乗せた馬車は、小一時間ほどで目的地へと到着した。

 馬車を降り、地面を踏む。


 ヴィクトルからの依頼は、少女の安全を完璧に確保し、ここまで連れてくることだった。

 道中、妨害らしい妨害はなかった。

 たとえ賊の一個小隊が襲撃してきたとしても、双子には排除する自信がある。


 だが生命の危険がある、と聞かされていた割には、期待していた展開もなく──双子的にはだが──拍子抜けである。


 とはいえ、全てが順調というわけではない。

 村に着いたものの、出迎える者はいない。

 遅すぎたのか……


「ここで誰と会うのか、知らないのです?」


 エルシアはオイルランタンを灯すと、赤毛の少女に尋ねた。

 こうなっては、この娘の記憶に頼るしかない。

 メアリーは、勢いよく首を横に振る。


「知らないです! おばさまからは、何も聞いていないです!」

「おばさま?」

「えーっと。チューボーにいる人!」

「この任務と、何の関係があるのです?」


 突拍子もない返答に、エルシアは首をかしげる。

 そして、妥当な回答に至る。

 メアリーは、何か勘違いをしているのだ。


 オルガナが秘密裏に動いた任務に、厨房の料理人が関係しているはずがない。

 同じ思いだったのだろう、隣でアリシアが肩をすくめた。


「手がかりがないんじゃ、とにかく村を探すしかないわね。気は進まないけど。もう一度聞くけど、本当に、何も、知らないのね?」

「何も!」

「まったく?」

「まったくなのです!」


 念を押すアリシアに、メアリーは両手を腰にあて、胸を張ってみせる。

 この根拠のない自信の源泉がどこにあるのか……全く分からない。

 

 顔を青ざめさせた御者に待つように伝え、三人は廃村の中へ足を進めた。

 メアリー真ん中にして、その両脇を小柄な双子が固める。

 エルシアは、どこか釈然としない。  


 待ち合わせをするにしても、なぜ深夜の廃村を選んだのか。

 オルガナでは会えない、よほどの理由があるのか。


 ランタンの灯りが、黒く焼け焦げた廃屋の群れを浮かび上がらせる。 

 一対の光点が、不意に現れた。

 拳銃に手が伸びるが……すぐに手を下ろす。野犬だ。


「まるで肝試しですわね」


 エルシアの声は、憂うつげである。

 向かうところ敵なしの双子とはいえ、それは物理的な攻撃が通用する相手に限ってのことだ。

 幽霊の類いは専門外である。


 この深夜の散策は、どうも気が進まない。

 ランタンの灯りは頼りなく、三人をコールタールのような、粘性を持った闇が包囲している。

 控えめに言って、薄気味が悪い。


 任務を速やかに済ませて、オルガナへ戻りたいところだが── 

 周囲を警戒しながら歩みを進め、アリシアは一点に視線を止めた。


「間に合ったみたいね」


 彼女の声は、安堵というよりは好戦的な響きを帯びていた。


「先を越された可能性もありますわよ?」


 エルシアも同様に、眼光を鋭くする。

 状況を理解できないメアリーだけが、きょとんとした顔だ。

 双子の視線の先に、屋根の焼け落ちた廃教会がある。


 そこから、気配が感じ取れた。

 ──魔法の気配だ。


「中に入ればはっきりするわ。魔女なら倒すだけよ!」

「もちろんですわ」


 双子は不敵な笑みを浮かべる。

 姿を現さない待ち人、そして魔女の気配。

偶然、ではあるまい。


 つまり、極秘の会合の存在が漏れ、先回りした魔女によって待ち人が消された──そんな可能性が、頭をよぎる。 


 真相は廃教会に乗り込み、魔女を審問すればはっきりとするだろう。

 もし抵抗するのならシンプルにぶっ飛ば……駆逐するだけである。


 教会の扉は、とうの昔になくなっていたようだ。

 一行の前に、ぽっかりと黒い口が開いている。


「さあ、行くわよ!」


 アリシアの威勢の良いかけ声とともに、オルガナ学院生と卒業生の連合軍は、廃教会へと足を踏み入れた。

 




 内部は、こじんまりとした聖堂だ。

 想像したほど荒れてはいない。

 足元に小さなガレキや、木片が転がる程度だ。長年の風雨で朽ちた礼拝用の椅子は、壁際に寄せられていた。


 がらんとした聖堂の中央に、黒いテーブルクロスが敷かれた長テーブルが置かれている。

 そして、複数の気配がある。


「──オルガナの使者か」


 低い声とともに炎が走り、双子は身構えた。

 攻撃、ではない。


 テーブルの中央に、薔薇の蕾みを模した、銀製の三灯燭台がある。

 その蝋燭の先端が発火し、青白い炎を宿した。聖堂から闇が払われる。

 

 姿を浮かび上がらせたのは想像した通り、女だ。魔女だろう。

 エルシアが驚いたのは、別の理由からである。


 魔女は──十一人いた。 


 異様に背もたれの高い黒椅子に、腰掛けている。

 彼女らは一様に澄ました顔で、目を閉じていた。


 ──人形、なの?


 この場に十人いれば、全員がそう感じたことだろう。

 蝋燭の灯りを受けた端整な顔立ちは、この世のものとは思えない。

 芸術家が生涯をかけて追求したような、美しさがある。


 だが美麗なばかりの人形でないことは……聖堂を満たした、むせ返るような魔法の気配が証明している。

 この場にいるひとりひとりが、ただならぬ魔力を帯びている。


「お前たちが、オルガナの使者か」


 質問は、再び繰り返された。

 発したのは、最も奥の席に座した魔女だ。

 床まで伸びた艶やかな銀髪が、妖艶な雰囲気をたたえていた。


「そうよ。あなたたちこそ何者なの? あたしたちの任務の邪魔をしておいて、お茶会でも始めるつもり?」


 アリシアは皮肉めいた笑みを浮かべる。

 魔女は片眉を上げると、尊大な声を発した。


「──我は原初の十三魔女が長姉の末裔、アーデルハイトの当主である」


 祈る者がいなくなって久しい聖堂に、朗朗たる声が響く。


「さあ、我らを呼びつけた用件を話せ、オルガナの使者よ」

「……呼びつけた?」


 双子は顔を見合わせた。

魔女たちは待ち人を害し、待ち受けていたのではないのか。


 秘密の会合の相手が、人ではなく、原初の魔女の末裔──いや、そんな馬鹿な話はない。

 これは罠だ。 

 そもそも学院が、魔女と通じているはずがない。


 単純な任務のはずだった。

 だがここにきて、状況は混迷を増す。


 困惑する双子に挟まれて、メアリーだけが動じず、銀髪の魔女を見返していた。

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