第28話 暗黒の未来予想図

◆メアリーのイラスト


https://kakuyomu.jp/users/mimizou55/news/16817330657042272460



「──そこで何をしている?」


 廊下にうずくまる少女を、ヴィクトルは冷ややかに見下ろす。

 その声には、呆れが多分に含まれている。


「小生は、人をやるまで自室で待機しろと言ったはずだが?」

「ハッ……! ど、どこはここっ!? 誰はわたしっ!?」


 頭を抱えて左右を見回す少女に、ヴィクトルは深く嘆息する。


「三文芝居はいいから入りたまえ。手間が省けた。君に話が及んだところだ」

「サー、イエス、サ-! 小生殿!」

「ヴィクトルだ!」


 一瞬で跳ね起きると、少女はどこぞの軍隊のようなかけ声とともに、勢いよく敬礼する。

 卒業して数年で、オルガナの校風は随分変化したらしい。

 少女はつかつかと歩くと、ヴィクトルが座っていた上座のアームチェアに、ちょこんと腰を下ろした。


「……」


 ヴィクトルはこめかみのあたりに手を当て、無言で下座に座る。

 そして、双子を見やる。 


「護衛対象はこの娘だ。面識は、あるな?」

「ありますけれど……」


 エルシアは珍しく語尾を濁す。 

 面識なら、もちろんある。

 たしか──メアリーといったか。


 かつて審問官と不死の魔女として、戦った。

 だが彼女は……偉大なる試みと称される、不死化実験の被害者だったのだ。

 三年前の嵐の夜、枢機卿らを告発するために聖都へ旅立った。

 その後の消息は知らなかったが……まさか、学院生になっていたとは、驚きである。


「この子を守って、コールド・スプリングへ? 廃村に何があるのです?」

「詳しくは話せん」


 不服そうな二対と、脳天気な一対の視線を受けて、ヴィクトルは咳払いをする。


「フェアでないことは、承知している。察しているだろうが、この件は生命の危険が伴う。強制はしない、断っても構わない」


 もちろん、生命の危険程度で躊躇する双子ではない。

 むしろ恩を売る、いいチャンスである──そんな不敵な思いすらある。

 エルシアは、アリシアをチラリと見やった。 


「いいんじゃない? 面白そうじゃない!」 


 答えは明快である。

 エルシアも異存はない。


「ヴィクトル教官、彼女の護衛を引き受けますわ」

「良かろう。それではメアリー、拳銃を」


 ヴィクトルは視線をメアリーに転じた。

 あたふたと、少女はジャケットから拳銃を取り出した。


 彼女が手にしているのは、小ぶりで銃身の短いものだ。威力と精度に劣る分、女性でも取り扱い易い拳銃である。

 ヴィクトルは受け取ると、シリンダーから銃弾を抜いた。


「見習いと学院生には、模擬弾の所持しか認められん」


 流れるような手際で、新たな銃弾を装填し直す。 


「だが──任務の重要性を鑑みて、特例として実弾を支給する」


 排莢から再装填まで三秒と要さない。

 舌を巻くような手際の良さだ。

 ただの嫌味なだけの教官……では、なかったらしい。


 実弾が装填された拳銃を前にして、メアリーは新しい玩具を買ってもらった子供の目である。


「ただし!」


 嬉々として受け取ろうとしたメアリーの手が、空を切った。

 寸前で、ヴィクトルが拳銃を引いたのだ。


「絶対に発砲するな! いいな、絶対に発砲するなよ!?」


 険しい顔で、男は念押しする。


「承知しております! 小生殿!」

「ヴィクトルだ!!」


 ヴィクトルは叫ぶが、どこまでメアリーの心に響いたかは怪しい。

 この少女もなかなかクセの強い難物のようだが……まあいい、細かいことは明日考えればいい。


 アリシアは席を立った。

 今日は十分働いた、休息が必要である。


「話は決まりね。あたしたち長旅で疲れているの、出発は明朝させてもらうわよ」

「いや、それでは遅い」

「……遅い?」 

「先方は既に待っているはずだ。今すぐ発ってもらう」


 思いもしない時間外勤務に、アリシアは語気を強くする。


「ちょっと! こっちは一日中馬車に揺られてきたのよ? まだ働けっていうの!?」

「事態は一刻を争うのだ。それに、引き受けると言ったのは、君達だろう?」

 

 どうやらオルガナは、卒業生に対しても一切の容赦がないらしい。

 一息つく間もない。

 双子の審問官と落ちこぼれ学院生は、こうしてコールド・スプリングへと発ったのだ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「心配、ですか?」


 馬車が学院を後にする。

 影のように様子を覗っていたヴィクトルは、カーテンを締めた。


「懸念しかありませんな」


 振り返った先に、小柄な老婦人の姿がある。

 ソファーに腰掛けた婦人に、ヴィクトルは首を振った。


「連中とまともな交渉ができるとは、とても。あなたが出向かれた方が良かったのでは?」

「あの三人を置いて、適任者はいません」


 婦人の口調は穏やかなものだ。

 だが、ヴィクトルは納得していない様子である。

 ロイヤルブルーのティーカップをソーサーに戻すと、婦人は諭すように続けた。


「ヴィクトル、お仕着せで与えられた平和など、長続きはしないものですよ?」

「それはそうですが……」

「それに、あの娘はいい筋をしています」

「メアリーが……ですかな?」


 ヴィクトルの顔に浮かんだ、困惑の色は濃い。

 この三年間、あの娘の存在が教官らの最大の懸案であったことは、改めて述べるまでもない。

 与えられたデメリットは、三百では収まらないはずだ。


 絶対に放校せず卒業させよ──という、不可能としか思えない指令によって、散々振り回されてきたのだ。

 老婦人は、悪戯っ子のように笑った。


「覚悟しておくことですね。いずれ彼女は、私の後継者となるかもしれませんよ?」

「ご、ご冗談を!」


 暗黒の未来予想図に、ヴィクトルは顔を引きつらせる。

 婦人は、深淵すら見通すかのような碧色の瞳を、窓の外に向けた。


「とは言え、それは全て終わってからの話。──今は、あの子達を信じましょう」

 

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