第14話 赤毛の少女とオルガナ

 メアリーとは、三年前に別れたきりだ。

 枢機卿らを告発する証人となるため、彼女は聖都へ赴いた。

 どこか抜けているところもあったが……自分の犯した罪に向き合う、芯の強さを持った少女だった。 


 聖都へ向かった後の消息を、アルヴィンは知らない。便りもない。

 枢機卿達に刃向かったメアリーは、いまどうしているのか──


「あの喧しい小娘が聖都にいれば、三日と経たずに消されるだろうな」

「まさか……」


 ウルベルトの返答に、アルヴィンは悲痛な色が浮かべる。


「そんな顔をするな。あの娘ならオルガナにいる。勿論無事だ」

「学院に……ですか!?」


 意外すぎる場所に、アルヴィンの声は調子外れなものとなった。

 オルガナは、審問官の養成学校である。

 あの天真爛漫な少女が、審問官メアリーに……いや、全く想像できない。 


 そもそも厳格な規則で知られるオルガナで、うまくやっていけるのだろうか。

 座学など、あの娘はとことん苦手そうである。


「枢機卿派の連中も、学院には手出しを控えておる。あそこにいれば、命の心配はない」


 アルヴィンと同じ思いだったのだろうか……ウルベルトは一言付け加える。


「卒業できるかは知らんがな」


 とにかく彼女が無事であるのなら、どこにいてもいい。

 アルヴィンは心からの謝辞を口にする。 


「ご配慮に感謝します、枢機卿ウルベルト」

「おいおい、しおらしく礼など言うな。足手まといがいては、俺の身まで危うくなる、それだけだ。それより学院を卒業したら、お前を指導官に指名すると息巻いておったからな、覚悟しておけ」


 アルヴィンは苦笑するしかない。

 無事に卒業できれば、だが……新たな教え子は、ベネット以上に手のかかるじゃじゃ馬となるに違いない。


「よしてください、僕は指導官に向いてないんで──」

「誰かいるの?」


 咄嗟にアルヴィンは口をつぐんだ。 

 フェリシアが、背後に立っていた。


「いや……書を探していただけさ」 


 そう言うと、手にしていた書を書架に戻す。

 ウルベルトの気配は消えていた。


 ──訊かれていただろうか?


 平静を装ってアルヴィンは振り返る。

 そして……彼女の装いに、うめき声が漏れた。

 着替えたのだろう。


 活動的な出で立ちの、颯爽とした美人が立っていた。

 ダークブルーのジャケットを着て、乗馬用のキュロットとブーツを履いている。

 艶やかな銀髪は、ポニーテールでまとめている。

 まるでハンティングに行くかのような装いだ。


「さあアルヴィン、行こうか!」


 にこやかに宣言すると、フェリシアが腕を組んでくる。


「ちょっと待ってくれ!」

「あ、仕事なら大丈夫だから! 館長にお願いして、まとまったお休みをもらってきたからね♪」

「そうじゃない!」


 アルヴィンは邪険に腕を振り払う。

 彼女は鍵探しを、キツネ狩りかピクニックと勘違いをしているようだ。

 フェリシアに向けられた語気は強いものになった。


「君まで来なくていいんだ! 命の危険がある。手がかりを教えてくれれば、僕が探す」

「無理に連れて行けとは言わないけど。でもさ、キミは古言語が読めるの?」

「それは……」

「禁書庫はね、古言語の法則に則って造られているんだ。鍵を探すのなら、理解できる人間が同行した方がいいと思うよ。キミは疑問にぶち当たる度にここに来て質問するのかな? そんな迂遠なやり方で、目的にたどり着けるのかな?」


 矢継ぎ早に、フェリシアは畳み掛けてくる。

 正論、ではある。正鵠を射た指摘に反駁できない。

 げっそりとした顔で、アルヴィンは頭を垂れた。


「……分かった。一緒に来てくれ」


 暗黒のクリスマス・イヴから数年が経過している。

 だが……お互いの立場が変わった今でも、彼女のペースで物事が進むのは変わらないらしい。


「心配しなくてもいいから♪ 手がかりはあるんだから」


 その声に、ハッとしてフェリシアの顔を見やる。

 彼女はアルヴィンの耳元に唇を近づけると、こう囁いた。 


「──禁書庫の鍵はね、灰色の枢機卿が持つんだ」

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