第9話 赤い再会

 閃光が走った。

 一メートルほどもある火球が、続けざまに飛来する。

 地面に着弾するや、音と光が波立った。爆音が鼓膜を乱打する。


 距離があるにもかかわらず、容赦のない熱風が吹きつけた。

 アルヴィンは思わず顔を腕で庇う。

 今やオレンジ色の色彩が、夜闇を浸食していた。

 優美な庭園は無造作に破壊され、見る影もない。


 火球が無慈悲に処刑人を押しつぶし、悲鳴は瞬く間に炎に呑み込まれる。

 アルヴィンは視線を走らせた。

 火球は敷地の外から撃ち込まれているようだ。

 崩れた石壁を盾にして、処刑人らが発砲し応戦している。


 だが──闇雲に撃ったところで、効果は望めまい。


「ベネット、待つんだ!」


 居ても立ってもおられず、加勢しようとした教え子をアルヴィンは鋭く制止した。


「何故ですか!? 魔女の襲撃なのですよ!」

「あれは陽動だ!」


 教え子に叫び返す。

 あくまで火球は、処刑人を引きつける囮に過ぎない。

 魔女の狙いは、枢機卿マリノのはずだ。 

 そして彼女が──邸宅へと入るのを、確かに見た。 


「枢機卿が危険だ。戻るぞ!」


 アルヴィンは駆け出した。

 すぐ後ろを、戸惑いながら追随するベネットの気配がある。

 マリノの寝室は、二階に上がった奥だ。


 赤褐色の重厚な扉は開け放たれていた。

 躊躇なく、アルヴィンは室内へ踏み込む。

 そして部屋の惨状を目の当たりにして、唖然とする。


 部屋を間違えたのではないか──そう思わせるほど、様相が一変していた。

 火球の破片が飛び込んだのだろう、壁は崩れ部屋は半壊している。


 天蓋の支柱が、まるで飴細工のようにぐにゃりと曲がり、絨毯は所々焦げ燻っている。

 そして部屋の中央に──女が、立つ。


 右手一本でマリノの首を絞め、持ち上げていた。

 アルヴィンは息を呑んだ。  

 部屋の中は暗い。

 だが、三年間探し続けた彼女の顔を、見間違えようはずがない。

 闇夜を焦がす炎に照らされたその横顔は──


「クリスティー!」


 やはり、生きていたのだ。

 ダークブロンドの髪を揺らし振り向いたのは、紛れもなく彼女である。

 アルヴィンは胸が熱くなるのを感じた。


 百合の花を思わせるような、気品を纏った顔立ち。縁なしのメガネをかけ、眼差しには知性と意志の強さが宿っている。

 あの時のままだ。

 三年前と、なにひとつ変わらない。


 ──いや、そうだろうか?


 ふと頭の片隅に想念が忍び込み、彼に囁いた。


「クリスティー! 枢機卿を離すんだ!」


 アルヴィンは拳銃を構える。

 意外なほどあっさりと、マリノは解放された。床に放り出され、激しく咳き込む。 

 そして彼女は──アルヴィンへと、足を向ける。


「止まれ!」


 何かが、おかしい。

 ぼんやりとした違和感が、輪郭を帯びようとしていた。


「止まらなければ撃つ!」


 彼女は止まらない。

 警告は微笑みによって返される。 

 アルヴィンは、引き金を絞れない。


 彼女を撃つことを躊躇していた。

 一歩距離が縮まるごとに、銃口が上下に揺れた。


「アルヴィン師……?」


 背後でベネットが困惑の声を上げる。

 当然だ。

 魔女を前にして、駆逐を躊躇う審問官などいまい。

 ついに彼女はアルヴィンの目前に立った。


 無造作に拳銃を横に押しやる。

 アルヴィンの耳元に、紅唇が近づいた。

 そして耳打ちしたのだ。


「──禁書庫の鍵を探しなさい」

「……何だって?」


 クリスティーはくすりと笑う。

 三年ぶりの再会の言葉は不可解で、まるで理解できない。

 問い返す暇は、与えられなかった。


 直後、灼熱した感覚が走りアルヴィンは呻いた。

 彼の左肩に、短剣が突き刺さっていた。 


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