第4話 枢機卿の手下
「僕に……処刑人になれ、と?」
処刑人は枢機卿会直属の審問官であり、三年前に死闘を繰り広げた宿敵だ。
つまり──枢機卿らの、走狗に成り下がることを意味する。
到底受け入れられる命令ではない。
「我々は、常に人材を求めています」
エウラリオは、天使のようなあどけない笑顔をつくった。
そしてまったく似つかわしくない、老成した声音で続ける。
「逆境に屈しない意志と行動力を兼ね備えた者こそ、処刑人に相応しい。枢機卿会会主ステファーナは、あなたを高く評価しておられます」
「……一度もお目にかかったことのない方から、評価いただけるなんて光栄ですね」
皮肉を込めて答えながら……心中に、警戒心が湧き上がる。
会主ステファーナは、実質的な教会の最高指導者である。
一方でアルヴィンは、地方に配属された一介の審問官に過ぎない。
なぜ自分が、会主の目に留まったのか。
三年間求め続けた聖都への転任が、単なる人事異動の結果でないことは承知していた。
だが想像していたよりも遙かに、黒々とした奸計がめぐらされているのではないか……
少年はアルヴィンを懐柔するかのように声を柔らかくする。
「多くの者は、処刑人があたかも死神であるかのような勘違いをしています。ですが審問官も処刑人も、存在する意義は同じ。すべては大陸と教会の安寧のため」
「ご立派な理念ですね」
言葉とは裏腹に、アルヴィンの態度は冷たく乾いている。
どう言葉を飾ったところで、心に届くものはない。
互いの信念と思惑が交わることもない。
彼はゆっくりと頭を振って見せた。頃合いだった。
「せっかくのお話ですが、お断りさせていただきます。僕が処刑人になるなどあり得ません」
その返事の重たさをアルヴィンは自覚しているつもりだ。
聖都への転任は即刻取り消されるだろう。
彼女を探すことも大きく後退する。
だが……やむを得ない。
アルヴィンは一礼をほどこすと、踵を返した。今度こそ部屋を退出する。
その背中に向けて、声が投げかけられた。
「──この一ヶ月で、枢機卿が二名殺害されました」
足を止めるべきでは、なかったのかもしれない。
だが気づいたときには遅かった。
アルヴィンは思わず振り返り、口角を上げたエウラリオと視線が交錯した。
「いま、なんと?」
「枢機卿の、暗殺です。二名が犠牲となり、昨夜一名が重傷を負った。我々は三年前に駆逐された、ある魔女による凶行であると断定しました」
少年は、じっとアルヴィンの目を見つめる。
「──凶音の魔女です」
アルヴィンの胸が、激しくざわついた。
それは、彼女の二つ名だ。
意志に反して声が震えた。
「……根拠は?」
「昨夜襲撃を受けた枢機卿が、顔を見たのです」
彼女は生きていて、枢機卿を殺害している……
喜びよりも、困惑が胸に渦巻いた。
アルヴィンは拳を無意識に握った。
「狙いは不明です。ですが会主は、あなたが最適任者であると判断された」
「僕に凶音の魔女を駆逐しろ、と? 嫌だと言ったら?」
「あなたは決して断らない。会主はそう仰せです」
確信めいた声音を、エウラリオは響かせる。
アルヴィンは唇を強く噛み、執務室に沈黙が落ちた。
処刑人となって枢機卿を守り、彼女を駆逐する。
それは皮肉極まりない命令である。
だが……会主の言葉は、核心を突いていた。
審問官として、アルヴィンは暗殺を阻止したい。
例え犠牲者が仇敵である枢機卿だとしても……魔女が人を害することは、決して許されない。
彼らは暴力ではなく、教会法によって裁かれるべきなのだ。
アルヴィンの心は、審問官としての使命と、彼女への思の間で複雑に揺れた。
事件が彼女の手によるものだった時……撃てるだろうか?
三年前、なぜ姿を消したのか。
枢機卿を暗殺するのは、本当に彼女なのか。
その目的は何なのか。
真実を知るためには、追うしかない。
見つけ出し、問うのだ。
もし彼女が真に凶行に及んでいた時は──
気づけば目の前にエウラリオが立っていた。
少年は左手に持った仮面を差し出した。
無言のまま……アルヴィンはそれを受け取る。
エウラリオは唇の片隅だけで笑った。人を意のままに操る、支配者の笑みだった。
「よろしい。それでは処刑人アルヴィン──凶音の魔女の駆逐を命じます」
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