第3話 小さき支配者たち

 エウラリオは執務机に向かうと、大人用の椅子に浅く腰掛ける。


「ようこそ、審問官アルヴィン。私があなたの直属の上役となります」


 枢機卿を名乗る少年を前にして、頭の中で警鐘が高らかと打ち鳴らされた。

 記憶が確かなら、枢機卿エウラリオは副会主の地位にあったはずだ。

 教会のナンバーツーであり、父の命を奪った仇敵のひとりが目の前にいる──

 アルヴィンの心中を見透かしたかのように、エウラリオは微笑みを浮かべた。


「心配は無用です。あなたを取って食うつもりなどありません。我々は、仲間ではありませんか」


 朗らかな少年の声に、アルヴィンは同調しなかった。

 仇敵の言葉を額面通り受け取るほど、愚かではない。


「ご用件はなんでしょうか」


 そっけなく返答しつつ、慎重に観察する。

 違和感の正体は明白だ。

 子供の枢機卿などいない。


 三年前、嵐の夜に会ったウルベルトを除いて、彼らの齢は七十を超えているはずだ。

 それにも関わらずエウラリオは……どう見ても子供にしか見えない。


「あなたに、確認したいことがあります」


 少年は執務机の上で、手を組んだ。


「三年前のアルビオ大水害を境にして、魔女達の行動が活発化しています。それは聖都とて例外ではない」

「聖都に魔女が?」

「彼女らも、白き魔女を求めているのです。そして手がかりが、この街にあると考えている。あなたは三年前、上級審問官ベラナの今際に居合わせたはず。彼は何かを遺しましたね?」


 エウラリオは、断定的に問う。


 ──アズラリエル。


 それが、ベラナ最期の言葉だ。

 白き魔女の居場所を示す、唯一の手がかりだ。

 こうして枢機卿と相対する以上、その問いがくることは十分に予期していた。 

 アルヴィンは落ち着きを払って答える。


「僕はあの時、審問官見習いに過ぎませんでした。そんな若輩者に、師が何かを遺すはずがありません」


 噓、ではない。

 ベラナが見ていたのは、アルヴィンの中にある父の面影だったのだから。

 期待外れの答えだったのだろう、少年は表情を曇らせた。


「大水害によって、家を失った市民も多いと耳にします。真実を話さないことに、罪悪感はありませんか?」


 良心を針先でつつくような、嫌な揺さぶりである。

 口調こそ丁寧だが、隠し事などお見通しだと言わんばかりだ。

 だがそれは、明らかに論点をすり替えた非難だった。

 アルヴィンは秀眉をひそめ、反駁する。


「罪悪感がどうとおっしゃるのなら、市民に詫びなくてはならないのは、あなたがたの方ではありませんか」

「アルビオが受けた被害には、我々も心を痛めています」


 形ばかりの弁に、アルヴィンの舌鋒は鋭さを増した。


「まるで他人事のようにおっしゃるのですね。キーレイケラスを送り込んだのは、あなたがたでしょう」

「……我々が命じたのは、ベラナの拘束まで。それも後日、弁明の機会を与える予定でした。原初の魔女と戦えなど、一言も命じてはいない」

「だから罪はないと?」 

「全てはキーレイケラスの独断専行が招いた、悲劇なのです」


 それは心のこもらない、空虚な言葉の羅列にしか聞こえない。

 諸悪の根源は、枢機卿らが秘密裏に進める偉大なる試み──吐き気を催すような不死の研究──に、帰結するのだ。 

 自分たちは無関係だと主張するのは、とんだ詭弁である。

 アルヴィンはうんざりしたように、少年を突き放した。


「いくらお話したところで、平行線のようです。知らないものは、お答えのしようがありません。そろそろ失礼させていただきたいのですが」

「思い出せないというのなら、今日はいいでしょう」


 エウラリオは、不都合を曲解することにしたようだ。

 偽りの寛容を纏い、小さな枢機卿は続ける。

 その声には、退出を許さない何かがあった。


「それでは本題に入りましょう」

「……本題?」


 少年はアルヴィンの背後に目配せをした。

 音もなく、処刑人が姿を見せる。

 両手に布張りの白いケースを手にしている。


「聖都へあなたを転任させた、本題です。使命を与えます」


 少年の声と共に、処刑人はケースを開いた。

 中には白い祭服と仮面が収められている。


「これは……」


 アルヴィンの反応を見て、エウラリオは無言で笑ったようだ。

 その双眸に、子供らしい溌剌とした光はない。

 むしろ淀んだ老獪さを漂わせながら、こう告げたのだ。


「──審問官アルヴィン、あなたを処刑人に任じます」

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