第43話 招かれざる訪問者

 窓に打ちつける雨が、強さを増した。

 アルビオの教会は、大陸有数の美しさと荘厳さを誇る。

 その三階にある自室で、ベラナは窓越しに街を眺めやっていた。深夜にも関わらず、祭服姿だ。


 雨は強風を伴い、まるで嵐のようだ。

 闇に包まれたアルビオの街に、青白い稲光が走った。一瞬照らされた暗闇の奥底に何かを見出し、ベラナは目を見開いた。 


「……馬鹿な真似をしたな」


 苦々しげに、そう呟く。

 背後で気配が動いたのは、その時だ。


「人の部屋に入るときは、ノックをしろと教わらなかったかね」


 ベラナは背を向けたまま、招かれざる客達に刺々しい声を投げつけた。

 背後には、数人の処刑人の姿がある。薄暗闇の中に浮かぶ白い仮面は、不気味さを際立たせた。


「──背教者ベラナだな?」


 リーダー格の男が、蔑みを込めて誰何する。

 聞かずとも分かることを、ことさら確認する辺り、自身の優位さを誇示したいのか。それとも──道理の分からぬ、人形だからか。

 沈黙したままのベラナに、男は苛立ち、声を荒げた。


「なぜ答えん!?」

「礼儀知らずに使う礼節など、持ち合わせておらぬものでな」


 処刑人らを一瞥すると、ベラナは舌鋒を鋭くする。


「私が背教者だと言うのなら、君らは何者かね? 神の使いを気取る前に、その暑苦しい仮面を取ったらどうかね」


 手厳しい指摘に、処刑人は怒気をみなぎらせた。


「減らず口はそれくらいにしておけ。背教者ベラナ、これより審問を行う。大聖堂までご同行願おうか」

「審問? こんな夜更けにかね」

「いかにも」


 男は毒気に満ちた目を光らせる。


「感謝することだ。上級審問官キーレイケラスは、白き魔女の秘匿場所を話せば、貴様の名誉を回復すると仰せだ」

「名誉、か。それはありがたいことだ」


 言葉とは裏腹に、ベラナの返事はどこまでも気のないものだ。


「それで、行かないと言ったら?」

「力づくでも」


 声と共に、大柄な処刑人が進み出た。

 ベラナの腕を、無造作に掴む。 

 相手は、武器を持たぬ老人だ。容易く圧倒できる。次の瞬間には無様にはいつくばり、床を舐めている。

 ──処刑人が、だ。

 腕に触れた刹那、まるで赤子の手を捻るかのように、ベラナは体格差のある男を組み伏せたのである。


「貴様っ!!」


 男は身体を起こすと、屈辱に顔を歪ませ飛びかかった。 

 迎え撃つベラナは冷静で、動きには一切の無駄がない。   

 処刑人の放った拳を軽くいなすと、顎下に痛烈な掌底を放つ。男は濁音を発しながら崩れ落ち、今度こそ動かなくなった。


「その程度の技量で、よく処刑人を名乗れたものだ」


 冷ややかに見下ろすベラナの手には、奪い取った剣がある。

 リーダー格の男が、ドスの利いた声を響かせた。


「奴を拘束しろ! 手足の一本や二本、無くなっても構わんぞ!」


 殺気と共に、四本の長剣が抜き放たれた。部屋に差し込んだ雷光が凶刃に反射し、不吉な彩りを添える。

 処刑人らが、一斉に斬りかかった。

 老獪、というべきだろう。老人は壁を背にすると、四人が同時に斬撃を放つ隙を与えない。


 正面の処刑人が最初の一撃を放ったと同時に、床に首が転がった。

 それは──人形、のものだ。

 鋭い刃音が一閃し、二つ目の首が飛ぶ。


 老人を侮りすぎていたことを、処刑人らは認めざるを得ない。当然だ。相手は、四十年もの長きに渡って魔女を駆逐し続けた、練達の審問官なのだ。 

 四人目が倒されるに至って、リーダー格の男は顔を神経質に引きつらせた。背後に控えた二人に叫ぶ。


「何をしている!? お前達も行けっ!」

「……だ、そうですけど?」

「嫌よ! 身の程知らずの仲間入りは」

「何の話をしているっ!?」  


 後ればせながら、男は違和感に気づいた。

 処刑人にしては、二人は小柄すぎた。それに女の処刑人は、いなかったはずだ……。


「お前達、何者――」


 男はその場で凍り付いた。

 喉元に、冷たい刃が突きつけられていた。


「……一人で片付けてしまわれて。わたしたちの出番はありませんでしたわね」


 呆れたように言いながら、仮面を外したのはエルシアだ。

 双子は処刑人の装備を着込んでいた。それらは、河原で戦った処刑人から失敬したものである。

 ベラナは長剣を床に投げ捨てると、双子を見やった。


「状況は?」

「教会は、キーレイケラスと処刑人らが掌握しています。アルヴィンはクリスティー医師の解放に向かいましたわ。脱出後に、貧民街で合流する予定なのです」


 報告しながら、エルシアは封書をベラナに差し出した。それは、あの胡散臭い枢機卿から託されたものだ。 

 封を開き、書面に素早く目を通す老人に、彼女は気遣わしげな視線を向ける。


「……あの枢機卿、信用しても?」

「奴は打算でしか動かぬ」


 書面から目を離さないまま、ベラナは皮肉げに評した。


「故に行動を読みやすい。我らに勝ち目があるうちは、寝首をかかれる心配はない。さて、審問官アリシア」

「なにか?」

「予定は変更だ。キーレイケラスの招待に、応じるとしよう。それから、審問官エルシアは市警察へ」

「市警察……なぜなのです?」


 怪訝な顔で問うエルシアに、ベラナは雨と風が荒れ狂う、窓の外を指さした。


「事態が破局を迎える前に、市民を避難させる必要がある」

「……破局?」


 ベラナの顔に深刻な、そして焦りの色がちらついた。 


「これは、ただの嵐ではない」

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