第41話 聖都からの使者 1

 冷たい雨が外套を打ち、水滴が頬を伝う。

 四人の前に、真夜中の墓地に全く不釣り合いな、豪奢な馬車が停車した。

 黒い客車には、彫刻と金の装飾がふんだんに施されている。扉には、盾の中に緋色の帽子とタッセルを描いた──枢機卿の、紋章が描かれていた。 


 アルヴィンは、空気が張りつめるのを感じた。 

 迎えが来たことも驚きだが、その人物が何者あるにせよ、枢機卿の息がかかっていることは間違いない。

 処刑人を擁し、裏で陰謀の糸を引く枢機卿たち。 

 これが罠である可能性は、否定できない。


「──乗りたまえ」 

 

 客室の扉が開け放たれ、尊大な響きを帯びた声が発せられた。車内は暗く、姿は見えない。

 進むべきか、それとも留まるべきか……アルヴィンは、躊躇する。


「行きましょう」


 その背中を押したのは、エルシアである。

 

「罠だったとしても、あたしたちなら大丈夫。返り討ちにしてやるだけよ」


 アリシアが不敵な笑みを浮かべる。

 頷くと、アルヴィンは客車のステップに足を乗せた。

 目の前にぽっかりと開いた黒い口の中へと、四人は乗り込んだ。




 

 車内は薄暗い。

 暗がりの中、アルヴィンは目を凝らした。

 外装だけでなく、内装も華美なようだ。目が慣れると、金糸で細やかな刺繍が施された、赤い絨毯が見えた。車内は、ゆうに八人ほどが座れる広さがある。

 

 そして客席の真ん中に、でっぷりとした肥満体の男が鎮座していた。黒の祭服に緋色の帯を締めている。胸元には、青銅の蛇が巻きついた銀の十字架が揺れていた。

 年齢は、二十代の半ばあたりだろうか。いや、もう少し若い……案外、双子よりも少し年上くらいかもしれない。

 そして使いにしては、随分態度が大きい。 


「……あなたは?」


 対面に座り、アルヴィンは油断なく男を見据えた。


「俺は、枢機卿ウルベルトだ」

「!!」


 枢機卿──その返答は、全く予想だにしないものだった。

 遠くで稲光が瞬いた。その刹那、双子が電光石火のごとく動いた。一瞬の間を置いて雷鳴が窓を震わせた時、既に男は身動きを封じられている。

 アリシアが短剣を喉元に、エルシアが拳銃をこめかみに突きつけたのだ。

 男は狼狽し、口許を引きつらせた。


「まっ、待て! 待て! 初対面の相手に武器を向けるなど、お前達はどんな教育を受けておるのだ!?」


 その抗議は、もっとも至極である。

 だがアルヴィンらは、寸分の警戒も解かない。

 遠く離れた聖都にいるはずの枢機卿が、アルビオの──しかも深夜の墓地に、なぜいるのか。


「あなたは何者ですか」

「人の話を聞いていなかったのかっ!? お前達の上役の、さらに上役の上役の、枢機卿ウルベルトだ!」

「噓おっしゃい! こんな若い枢機卿がいるわけないでしょう」


 双子とて、十分に若すぎる審問官ではある。だが、冷え切った声で指摘すると、アリシアは喉元に突きつけた刃を数ミリ食い込ませた。ひっ、と男が悲鳴を上げる。


「し、信用のおける者がおらんのだ! だから俺自ら出向いた。ベラナから、何も聞いておらんのかっ!?」

「聞いてはいますが……」


 最後に会った時、ベラナは手を打ったと話した。枢機卿の中には、悪癖に染まらない気概のある男がいる、とも。


 ──それが、この男なのか。


 アルヴィンは困惑を隠しきれない。想像していた人物像との乖離が酷すぎる。

 脂ぎった欲深そうな目、そして指先にはエメラルドとサファイアの指輪が光る。

 聖職者というよりは、強欲な商人といった印象である。

 だが、ベラナとの密約を知り、ここに現れたということは──この男が、そうなのか。


「とにかく、剣を、引けっ」


 ウルベルトが、唾を飛ばしながら叫ぶ。

 アルヴィンは、双子に目配せをした。不承不承、といった様子で二人は剣と銃を引く。

 ただし、信用したわけではない。

 首元を撫でながら、ブツブツと文句をこぼす男に問いかける。


「──あなたが枢機卿だとして、敵ではない保証は?」

「敵か味方かくらい、審問官なら見極めろ。相手に尋ねるのは、愚の骨頂だ」

「じゃあ敵ね」

「待て待て!」


アリシアが黒豹のように目を光らせたのを見て、男は腰を浮かせた。


「お、俺は敵ではない!」

「信用できないわね」

「娘は、必ず聖都に送り届けてやる!」


ウルベルトは打算と野心で膨らんだ腹を揺らした。そしてメアリーを指差して、こう叫んだのだ。


「この娘こそが、わが家の宿願を叶える鍵なのだからな!」


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