第3話 美男子なのか美少女なのか
「プロムが近づくと、浮ついた連中が増えて困る」
冬至の夕刻、教官室は薄暗い。
だがこの部屋の主は、灯りをつける気はなさそうだった。椅子に深く腰掛け、神経質な双眸を光らせる。
浮ついた連中、に振り回されているアルヴィンとしては、その考えに全面的に賛意を表したい。だが……その矛先が自分に向けられているとなると、話は変わってくる。
プロムの誘いに手間取ったアルヴィンは、ヴィクトル教官の審問術に遅刻した。そして放課後、教官室に呼び出されたのだ。
「プロムは、学院長の道楽だ」
ヴィクトルが、プロムを好ましく思っていないのは明らかだ。必然的に、アルヴィンに向けられる視線も厳しさを増す。
オルガナの学院長、グラッドストーン元上級審問官は、独創的で型破りだと賞賛される人物だった。ありていにいえば、変わり者である。
珍しい物好きで、プロムの始まりにしても学院生時代の彼の発案であるとされる。
いわば生みの親のような存在であり、双子が熱望してやまないティタニアを選ぶのも学院長である。
「……それで、遅刻の罰はデメリットなのでしょうか」
話が脱線した。アルヴィンは、いい加減にしびれを切らして尋ねる。
デメリット、とは素行不良の生徒に与えられる懲罰点だ。
アルヴィンは、ヴィクトルから快く思われていない。いや、厨房のご婦人の一件以来、目の敵にされているとすらいえる。
一体何ポイントを与えられるのか……アルヴィンは内心で戦々恐々とする。
だがヴィクトルの返答は、全く予想外のものだった。
「たった三分間遅刻した学院生にデメリットを与えるなど、小生を鬼だとでも思っているのかね?」
「どういう意味でしょうか」
「罰など与えぬということだ」
その言葉を、アルヴィンは素直には受け取れない。ヴィクトルの口許に、不吉な笑みが浮かんだからである。
「ただし、次に何かやらかした時には学院を去って貰う。それで異存はないな?」
異存なら大ありである。厳しすぎる。
だが、アルヴィンはぐっと言葉を堪えた。
反論したところで、さらに質の悪い罰を科せられるのは明白だった。
「……わかりました」
アルヴィンは唇を噛みしめた。
要は、過ちを犯さなければいいのだ。
だがそれは……姿を変え、意外と早く彼に降りかかることとなるのだ。
夜の帳が降りる頃、オルガナに煌びやかな花が咲いた。
それはイブニングドレスを着て着飾った、女子学院生たちだ。普段は厳格な規則の下に置かれた学院も、今夜だけは彩を豊かにする。
彼女らをエスコートするのは、テイルコート姿の男子学院生である。
プロムナード当日。会場となる武道場は、華やかに飾り付けられていた。厨房のご婦人が腕によりをかけた、料理も運び込まれる。
外部から楽団が招かれ、優雅なワルツの音色が響く。
アルヴィンは憂鬱な足取りで会場へと向かっていた。彼もまた、テイルコートを着ている。
もちろん、プロムに参加するためではない。パートナーもいないのに、なぜこんな浮かれた格好をしなくてはいけないのか──
原因はもちろん、双子だ。
フェリックスとは、会場の前で待ち合わせる約束だった。三人の顔合わせに立ち会うようにと、厳命されていたのだ。
くれぐれも失礼のないように、正装で来るように、と。
「アルヴィンっ!!」
会場に着いたアルヴィンの至近に、雷が落ちた。そう錯覚させるほどの怒声が、びりびりと空気を震わせた。
眉根をつり上げ、腕を組んで立つのはアリシアである。
アルヴィンは天を仰いだ。
これは、嫌な予感しかしない──
双子は金髪を、シニヨンにまとめていた。左耳の辺りを、花と小枝をモチーフにした、銀細工のヘッドドレスで飾っている。
アリシアはラベンダー色の、エルシアは淡いピンク色のイブニングドレス姿だ。肩にはショールをかけていて、普段よりも少し大人びた、上品な雰囲気である。
大人びた、上品な雰囲気。……それを怒りが、全て台無しにしていた。
火の粉が降りかかると分かっていても、アルヴィンは尋ねざるをえない。
「ど、どうされたのですか?」
「フェリックス様が、まだ来ていないのです!!」
エルシアが悲鳴を上げ、アリシアが疑いの眼差しを向ける。
「あなた、本当にプロムの約束したのでしょうね!?」
「も、勿論です!」
約束はした。それは、間違いない。
プロムに行くと、フェリックスは言ったはずだ。
「アルヴィン、フェリックス様を呼んでいらっしゃい!」
「僕が行くんですか……?」
「他に誰がいるのっ!?」
下手な反論は生命に関わる。生存本能が、アルヴィンに速やかな行動を決意させた。
回れ右をすると、職員寮へと駆け出す。
走りながら、頭の中に疑問が渦巻いた。
フェリックスは、理由なく約束を破るような人間には見えなかった。
何があったというのだろう。別れ際、風邪っぽかった気はするが──
道すがら、会場へと向かう数人とすれ違う。
と、何の前触れもなく、アルヴィンの足がもつれた。すれ違った一人が、突然腕に抱き着いてきたのだ。
「なにを── !?」
「ごめん! 迎えにきてくれたの!?」
アルヴィンの抗議は、途中で遮られた。
それは、目の覚めるような美少女だった。思わず、息を呑む。
少女はレースの花モチーフをあしらった、空色のイブニングドレスを着ている。顔立ちは双子より少し幼く、まるで絵本の中の妖精が飛び出してきたかのようだ。
「えーっと……」
アルヴィンは、少女をじっと見た。
背丈は、同じくらいだ。艶やかな銀髪が腰の辺りまで伸び、くるりとした大きな瞳は、翡翠のような神秘的な色をたたえている。
神に誓って……こんな知り合いは、いない。
「── 君は誰だ?」
「ボクだよ!」
少女は気色ばむが、知らないものは知らない。
……いや、違う。
その声は、どこか聞き覚えがあった。それも、つい最近だ。
銀髪と、深い緑色の瞳──
「ま、まさか……」
符号が一致して、アルヴィンは驚愕を顔に貼りつかせた。声を震わせて問う。
「まさか……フェリックス、なのかっ!?」
「そうだよ! アルヴィン、迎えに来てくれてありがとう!」
彼女は、花が咲いたような微笑みを浮かべる。
目の前にいるのは、どこから見ても完璧な美少女だった。瞬時にアルヴィンは、自分がとんでもない勘違いをしていたことを悟った。
美少年だと思っていたフェリックスは……実は、ボーイッシュな女子、だったのだ。
女子のパートナーに、女子を誘ってしまった……。その原因は、双子の誤解にある。
だが、声をかけた者として、責任を感じずにはいられない。
アルヴィンは深々と頭を下げると、詫びた。
「すまない、君は……その、女子、だったんだな。勘違いをしていた、許して欲しい」
「いや、ボクは男だけど」
「うおおおおおいっ!?」
アルヴィンの絶叫が木霊する。
「本当なのかっ!?」
「そうだよ」
しれっと答えるフェリックスに、二の句が継げない。口をパクパクさせ、一拍遅れて声が出た。
「なぜドレスを着ている!?」
「キミと踊ろうと思って」
「僕も男だぞ!」
「知ってるよ。でも、プロムに誘ったのはキミだろ?」
「違うっ! いや……そうだがっ!?」
地面に突っ伏し、アルヴィンは頭を掻きむしった。学年首席の明晰な頭脳は、混乱の極みにあった。
そして、はたと気づく。
問題の原因は、双子にあるのではない。
三日前、”誰と”踊るか伝え忘れたのは、アルヴィン自身だ。
これを、どう双子に説明すればいいのか……頭を抱える他ない。
暗黒のクリスマス・イヴは、幕が開いたばかりである。
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