第27話 無礼な来訪者、再び 2

 診察室の扉に背を預けて、白衣を着た女医が立っていた。


 ──やはり、逃げていなかったか。


 彼女の姿を見て、アルヴィンは陰鬱な気分に襲われる。まさか訣別をした翌朝に、こうして顔をあわすことになるとは……悪魔の導きとしか思えない。

 クリスティーの顔を認めて、隻眼の上級審問官は歓喜に似た声を上げる。


「凶音の魔女! 診療所は完全に包囲した。もはや逃げ隠れできんぞ!」

「凶音? 生憎だけれど、人違いじゃないかしら」


 退路はなく、目の前に立つのは歴戦の上級審問官だ。 

 普通に考えれば絶体絶命の状況なのだろうが……クリスティーは動揺した気配も見せず、ぬけぬけと惚けてみせた。

 だが、審問官を動員し診療所を包囲した以上、キーレイケラスには確信があるに違いない。

 どこまで、言い逃れができるのか……。 


「素直に認めろ。協力すれば、寛大に処遇すると枢機卿は仰せだ」

「それはそれは、お優しいことね」


 言葉とは裏腹に、クリスティーの口調は感情のこもらぬものだ。嫌悪感を、隠しもしない。


「それで。どう処遇してくださるのかしらね」 

「駆逐せず、特別に地下牢に幽閉してやる」

「……」

「さあ、どうなのだ」

「今答えないといけないのかしら?」

「当然だ。さあ、認めろ!」


 キーレイケラスは、居丈高な語勢で迫る。彼女は小さくため息をついた。


「残念だけど、あなたは私の専門外のようだわ」

「なんだと?」


 痛烈な嘲弄が、クリスティーの顔に浮かぶ。


「市民を銃で脅すような輩は、人の言葉を話す猿でしょうから。お猿さんは、動物病院に行ってくださる?」

「……しらを切るのなら、審問するまでだ!」


 こけにされた、と気づいて、キーレイケラスはどす黒い憤怒をみなぎらせた。   

 診療所内を一瞥する。そして隻眼に、獲物を見つけた肉食獣のような光を宿した。


「名前を言え!」

「え、あのっ……」


 戸惑いの声が漏れた。

 当然だ。キーレイケラスが審問を始めた相手は、クリスティーではない。

 エレン、だったのだ。


「これは審問だ。市民は正当な理由なく拒否できない。偽りなく答えろ。名前は?」

「……エ、エレンです」


 少女は、声を絞り出すようにして答える。

 なぜ自分が審問されるのか、エレンは戸惑いを隠しきれない。


「貴様は、魔女か?」

「ち、違いますっ!」

「では、魔女が身近にいるか?」

「……」

「なぜ黙る?」


 キーレイケラスが放つ威圧感が増した。

 エレンは顔を蒼白にし、肩を小刻みに震わせる。

 

「何を知っている?」

「何も知りませんっ!」

「言わないのなら、教会で詳しく訊かせてもらぞ」

「嫌っ! 離してっ」


 キーレイケラスは、エレンの細腕を捻り上げた。少女が顔を引きつらせ、悲鳴を上げる。

 診療所内の空気が、帯電したように張りつめた。緊張が、破局の一歩手前まで跳ね上がる。 


「待ちなさい」


 それを止めたのは、聴いた者の心を凍り付かせるような、冷え切った声だった。静かな怒りに満ちている。


「私が魔女よ。連れて行きなさい」

「先生っ!!」

「凶音の魔女であると、認めるのだな?」

「認めるわ」


 キーレイケラスは、悪意に満ちた笑みを浮かべた。


「よかろう」


 その審問術は、悪辣という他ない。 

 だが、あのクリスティーから、いともあっさり言質を引き出した手腕に、アルヴィンは驚嘆した。目的までの最短距離を、一瞬で見極めた洞察力に舌を巻く。

 男はクリスティーを見やり、片眸に辛辣な光を宿した。


「それでは、凶音の魔女クリスティー。教会まで、ご同行をいただこうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る